不信の渦の中で

 上木研究員は純真が気を落ち着けたのを見て、力強く告げる。


「私はあなたの味方です。何があっても」

「上木さん……どうして」


 彼女の言葉を純真は嬉しいと思うよりも、何故そこまで言ってくれるのだろうかと不可解に思った。身内でもないのに親切過ぎる。若い日本人が一人で異国の地にいる事に同情しているにしても、他の理由があるのではないか?

 上木研究員は小さく息を吐いて答える。


「一つは、あなたが国立さんのお孫さんだから。私は国立さんにはご恩があります。そしてもう一つは……」


 それまで純真を真っすぐ見詰めていた彼女は、僅かに目を伏せる。


「あなたを見ていると、諫村忠志を思い出すから……」

「上木さんのお友達……というお話でしたよね」

「そう、友達」


 本当は恋人じゃないかなと純真は思った。思っただけで言いはしない。とにかく味方がいるというのは心強い。彼女に裏切られる可能性を純真は考えなかった訳ではないが、今は敢えて考えない事にした。


 上木研究員は改めて純真に問いかける。


「あなたはウォーレンを信用できないと思って、警戒している……という事で良いんですね?」

「はい。ロボットを暴走させたのは、オレが悪いんですけど……それでもウォーレンは……」

「まだビーバスターに乗りたいと思いますか?」

「いいえ。もし乗るとしても、あいつらと一緒に戦いたいとは思いません」


 純真の答えは本心からの物だった。これはかなりの事だと上木研究員は認める。彼はウォーレンだけでなく、他の適合者にも不信感を抱いている。

 ウォーレンは適合者たちのリーダーで、戦闘に関しては彼が指揮権を持っている。だから他の適合者たちは不満や疑問を持っていたとしても、戦闘中は指示に従うしかない。その事を純真は分かっていないのだろうと、上木研究員は思った。ついこの間まで普通の高校生だった純真には、軍事的な命令に関する規律は分からない。

 それでも念のために上木研究員は尋ねた。


「ウォーレン以外に問題だと思った人物はいますか?」

「……青いロボットだけは、あんまり敵意を感じませんでした」

「ディーンですね。彼は信用しても良さそうという事ですか?」

「いや、信用とまでは……」

「分かりました。後で彼らの言い分も聞いてみます。他に何か言っておきたい事はありますか?」

「……いいえ」


 純真が伝えたかった事は一つだけ。ウォーレンが明確な殺意をもって自分を殺そうとした事。しかし、それに関してどの様な罰を望むかは全く思案の外だった。

 上木研究員が言及しなかった事もあるが、人を殺そうとしたのだから、研究所の方で適切な罰が下されるものだと彼は勝手に思い込んでいた。



 翌日、純真は祖父・功大と面会する。研究所内のロビーで功大は純真に言った。


「純真、話は聞いたよ。NEOと戦うために、ロボットに乗るんだってな」


 ちょっと情報が古いと純真は眉を顰める。


「もう乗せてもらえらないと思います。ロボットを暴走させてしまったので……」

「ああ、それは……残念……でもないか。戦わないで良いなら、それに越した事はない」


 言葉とは裏腹に少し落胆した様な祖父を見て、純真は据わりの悪い思いをした。祖父が勇敢に戦う事を決意した孫を励まそうと訪れたのに、肩透かしを食った形。純真も申し訳なさを感じる。


 二人とも何とも言えない重い空気になるが、先に功大が沈黙を破った。


「上木くんから君がロボットに乗って戦うと聞いた時、僕は驚いたけれど……これも運命かも知れないと思った。諫村忠志の話を知っているかな?」

「はい。上木さんから聞きました。上木さんのお友達で、十年前に宇宙人と戦った人でしょう?」

「当時の彼はまだ高校生だった。年は君より二つ上だったが……。僕は一人の少年に世界の運命を背負わせてしまった。そのとでも言うのかな。だから君にエネルギー生命体が――」

「いや、エネルギー生命体が宿ってしまったのは、オレの不注意のせいですから」


 功大の語りを純真は途中で遮る。若い彼は運命を信じなかった。全ては偶然で、自分の決断は自分の意志なのだと彼は主張したかった。

 功大は小さく俯いて答える。


「ああ、そうだな。その通りだ。えー、何を言いたかったんだったかな……。とにかく僕は君の勇気ある決意を誇りに思ったよ」

「そうですか……ありがとうございます。それと……すみません」

「いや、いやいや、感謝も謝罪も必要ない。結果はどうであれ、君は決意した。それ自体が重要な事なんだ」


 彼の励ましに純真は少し自信を持った。結果は伴わなくとも、自分で考えて決める事が重要なのだ。後悔しないために。

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