割れたガラスは二度と元には戻らない

 ウォーレンが倒れても、三対一という不利な状況には変わりないのだが、そんな事は今の純真には関係なかった。報復しなければならないという猛烈に燃え上がる思いが、彼を衝き動かしている。


「逃げるなよ……!」


 しかし、純真が飛翔しようとした瞬間、上木研究員から通信が入った。


「純真くん、純真くん! 応答してください!」

「上木さん!? あいつら、オレを殺そうとした!!」


 純真の返答に彼女は驚きながらも、まずは落ち着かせようと宥める。


「待ってください、純真くん! 機体はコントロールできていますか?」

「ええ、とっくの昔に戻っていましたよ!! それなのに……!」

「分かりました、今すぐ攻撃を止めさせます! だから落ち着いてください。お願いですから」


 上木研究員の哀願する様な声色に、純真の怒りは少しずつ萎んで行く。よく考えれば、元々は自分が暴走したせいではある。だが、ウォーレンだけは許す気にはなれなかった。彼は確実に自分を殺そうとしていた。


「絶対に許さないからな」


 純真は苛立ち紛れに、目の前に転がっている一号機の横腹を足の裏で軽く蹴る。


 空中にいた二号機、三号機、四号機の三機は地上に降下した。まずディーンが純真に呼びかける。


「純真、悪かった」

「悪かったで済む話かよ」


 申し訳なさそうなディーンの声を聞いて、純真の怒りは再び膨らみ始めた。悪いと思っていながらやったのか、つまり故意だったのかと。

 続いてランドが言う。


「ウォーレンの指示だったんだ。純真は危険だからって」

「もう良い、何も言うな。何を言われてもムカつくだけだ」


 どうせ責任逃れだろうと純真は話を打ち切って、一人で海中の帰還ポイントに移動した。帰還ポイントには索道がある。索道を掴み、機体の空隙に海水を侵入させて機体を沈めれば、後はロープウェイの様に海中の帰着口まで誘導してくれる。



 上木研究員の誘導で無事に地下格納庫に帰還した純真は、ヘルメットを外して何度も大きな溜め息を吐いた。人に殺意を向けられたのは初めてで、彼の心は酷く落ち込んでいた。もう研究所の適合者たちとは顔を合わせたくない。彼らを仲間として見る事はできない。

 一方で殺されかけたのは自業自得の面もあると自覚もしている。自分の中のエネルギー生命体を制御できず、機体を暴走させてしまった。これ以上問題を起こさない内に始末してしまおうと考えた、ウォーレンの気持ちも分からなくはない……。


(オレが悪かった所もある……けど、殺そうとまでするか?)


 ――いや、やはり分からないと、純真は何度も首を横に振る。

 ウォーレンは何を危惧していたのか?

 一度暴走を止めたら、もうビーバスターには乗らせないだけで良いではないか?

 万が一、ウォーレンの独断ではなく研究所の指示だったらと考えて、純真は恐ろしくなった。ここにいたら殺されるのではないかと、疑心が暗鬼を生み出す。彼はコックピットから動けない。外では何があるか分からない。ビーバスターから出たくなかった。



 数十分間、コックピットの中で引き籠っていた純真に、外から上木研究員が呼びかける。彼女は外部からハッチのロック解除コードを入力しながら尋ねた。


「純真くん、大丈夫ですか?」


 純真は彼女なら信頼できるのではないかと考え、消極的に応じる。


「ちょっと気分が落ち込んでいるだけです」

「出て来て、話はできますか? 機体が暴走している間、何があったのか詳しく教えてください」

「……はい」


 純真はシートベルトを外して立ち上がり、内側からハッチを開けた。

 そしてキャットウォークに降り、さっきまで自分が乗っていたビーバスター六号機を見上げて驚く。


「ああっ!?」


 六号機の頭部は大きく窪んで潰れていた。一号機が激突したせいだと理解して、純真は怒りよりも恐れを抱く。当たり所が悪ければ、そのままコックピットまで潰されていたかも知れないのだ。

 動揺する純真に上木研究員は言った。


「ここで立ち話もあれでしょうから、落ち着ける場所に行きましょう。純真くんの部屋で大丈夫ですか?」

「あ、いや……訓練室は空いていませんか?」


 純真の心は動揺から完全には立ち直ってはいなかったが、彼女に話を合わせて応える。元々研究所に長居するつもりがなかった彼は、ろくに部屋を片付けていなかった。散らかった部屋を見られるのは嫌だったので、いつも使っている訓練室にしようと提案する。

 上木研究員は不可解な顔をしていたが、特に問題にはせず了承する。


「分かりました」


 二人は訓練室に移り、そこで純真は彼女に事情を語る。



 事情を語ると言っても、ビーバスター六号機が実際に取った行動は既に分かっているので、中の純真が何を見聞きして、何を感じたのかが中心となる。


「機体のコントロールが戻ったのは、NEOの子機を全滅させた後で、あいつらに囲まれた時です。赤いロボットに乗った……ミラ……だったかな? 彼女が『死ね』と言って向かって来た時……。そう、あいつらはオレに敵意を持っていました」

「敵意?」

「分かるんです。同じ適合者だから。相手が何を考えていたのか。嫌いだとか、ムカつくとか、そういうのじゃなくて、本当に殺そうとしていたんです」


 上木研究員は真剣に純真の話を聞いていた。


「そこの所をもっと詳しく教えてください。オペレーターはできるだけパイロットを傷付けないようにと指示したはずです。彼らはそれを無視したという事ですね?」

「えっ、そんな指示が出てたんですか?」

「はい。ウォーレンも最善を尽くすと答えたはずですが……」


 ウォーレンの名を聞いて、純真は怒りを抑えられなくなる。


「ウォーレン……! あいつですよ!! あいつ、はっきり言いました!! オレは危険だから殺すって! 機体のコントロールが戻ったって言ったのに!!」

「落ち着いて――」

「赤いロボットに反撃した後、オレは地上に落ちたんです。その時には完全に機体を思い通りに動かせる様になってました! なのに……なのに、あいつは!!」

「分かりました、分かりましたから、落ち着いてください。深呼吸、深呼吸」


 上木研究員に宥められ、純真は深呼吸をして気持ちを落ち着ける。

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