決戦の日
最後の切り札
それから純真はビーバスターのパイロットから外されて謹慎の日々が続く――と予想していたのだが、どういう訳か彼は再びビーバスターに乗る事を許された。
上木研究員は上層部の決定だと純真に説明したが、これに納得している適合者は純真自身も含めて、一人もいなかった。適合者たちの純真を見る目は険しくなり、彼は肩身の狭いを思いをする。
訓練は他の適合者たちとは個別に続けられたが、その意味するところを純真は測りかねていた。
地下格納庫で訓練中に純真は上木研究員に尋ねる。
「上木さん、俺は何のためにビーバスターに乗せられてるんでしょうか?」
「NEOと戦うため……だと思います。上層部はあなたを最終手段――最後の切り札として使うつもりなのでしょう」
「俺が切り札?」
「純真くん、もし嫌になったら逃げても良いんですよ。誰もあなたを責めません」
純真は切り札扱いも悪くないと内心で思っていたが、上木研究員に水を差されて脱力する。
「逃げるって……そんな風に言われたら、余計に逃げられなくなりますよ」
「純真くん、分かっているんですか? このままだとあなたは地球を出て行かないといけなくなるんですよ」
「あっ、はい……」
「それは嫌でしょう?」
「はい……」
純真は家族や学校の事を思い出して、気持ちが沈んだ。
ここサイパンではNEOの襲撃はあっても、電力が失われるという事は無かった。だから、現状が地球の危機だという実感が湧かない。しかし、本当は何となくで時の流れるまま悠長に過ごしている場合ではないのだ。
「えーと、俺はどうすれば良いんでしょうか?」
「どうもこうも、あなた自身が決める事です」
「ええ、はい、分かってますけど……」
これまで純真は適合者たちへの同情もあり、使命感に燃えていたのだが、その適合者たちに殺されそうになった事で、積極的に戦う理由が無くなってしまった。
一方で、純真の中のエネルギー生命体の強さと、適合者としての能力の高さは、見過ごせるものではなくなっている。だから「切り札」にされるのだ。
純真自身も周囲に流されるままでは後悔する事になるだろうと分かっていても、現時点で何かを決断する気にはなれなかった。もし他の適合者たちがNEOの破壊に失敗したら、結局は純真が戦う事になる。現時点で純真の中のエネルギー生命体を他の適合者たちに移す事ができないのだから、そうするより他にない。
問題の所在は純真の中ではなく、他の適合者たちがNEOを倒せるか否かにある。
純真は思案の末、改めて上木研究員に問う。
「上木さん、これって俺が嫌だって言って、何とかなる問題なんでしょうか?」
「それは……分かりません。でも、手を尽くす事はできます」
「俺の中からエネルギー生命体を取り除くために?」
「はい」
「本当にそんな事ができるんなら、あいつらは俺を殺そうとしなかったと思うんですけど」
その疑問に上木研究員が応えるまでに、少し間があった。
「確実な方法がある訳ではありませんが、それでもやれるだけの事はやります」
「無理だったら?」
「その時はその時です。やりもせずに無理だ無理だと言うのは止しましょう」
上木研究員の言葉は至極真っ当なものだったが、純真はできると思っていなかったので、苦笑いで返す。
エネルギー生命体が自分の体に馴染んでいる自覚が彼にはあった。強力で強大なエネルギー生命体と同化している事に由来する根拠の不明な自信と万能感が、彼の心を支配している。
それと同時に彼は無力感にも支配されている。何をしても自分の中のエネルギー生命体は取り除けないのだ。もう運命は決まっているも同然。
純真は自分でも意識できない深層で、未来を確信していた。それは漠然とした予感として、彼の意識の表層に浮かび上がる。
「上木さん、いつNEOを倒す作戦が実行されるんですか?」
「一週間後です。それまでに大きなトラブルが無ければの話ではありますが……余り猶予はないので、すぐに実行されるでしょう」
「成功すると思いますか?」
「成功しなければ困りますよ。私もあなたも」
上木研究員は危機感を込めて告げたが、純真は平然としていた。
(……失敗しますよ)
心の中で彼はそう思っていたが、口に出せば怪しまれると、思うだけに止める。何故そんな風に考えるのか、彼自身にも分からない。実際にNEOの本体を見た訳でもないし、NEOに宿っているエネルギー生命体の強さも知らない。ただ、そうなるだろうという予感があるだけだ。
「戦う戦わないという話は、作戦の成功を見届けてからにしませんか?」
「それでは手遅れになるから言っているんですよ! その時には降りたいと言っても降りられません」
「ああ、はい、分かっています。成功すると良いですね……」
全く他人事の様な純真の口振りに、上木研究員は疑念を抱く。本当に彼は戦う覚悟を決めたのだろうかと。純真がウォーレンに食ってかかった時から、彼女は純真の中に危うさを見ていた。純真は諫村忠志とは違うのだ。諫村忠志には戦いの中で彼を導く存在があった。
しかし、今の純真は……。
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