純真の決意(前編)

 純真がサイパンに来てから二週間。もう研究所での生活にも慣れてしまった彼だったが、エネルギー生命体の制御は全く上達していなかった。

 その間にNEOの襲来も何度かあったが、幸いにも多少数が増えた程度で、戦いが激化するという事は無かった。だが、いつまでも同じ状況は続かない。襲撃されるのはサイパンだけではないのだ。

 遠くない内に世界中で激しい戦闘が行われる様になるだろうと、純真は予感していた。そろそろ彼も覚悟を決めなければならない時が来ている。



 純真は訓練中の様子を見に来た上木研究員に尋ねた。


「上木さん、このままエネルギー生命体の制御が上達しなかったら……オレ、どうなりますか?」

「純真くん、ネガティブな考え方は良くないですよ。自信を持ってください」

「でも、現実問題それは考えないといけない事じゃないですか。もし、もしも……そうなったら、どうするんですか?」


 答えずに口を閉ざした上木研究員に、純真は更に言う。


「俺の中のエネルギー生命体は強いんでしょう? ここの適合者から聞きました。もし誰もオレの中のエネルギー生命体を取り除けなかったら? 一体どうするつもりなんですか?」

「それは……」


 純真の瞳は強い決意に満ちている。上木研究員は押し負けた様に、弱々しい声で答えた。


「……あなたにNEOと戦ってもらう事になるかも知れません。でも、それは……」

「それは?」


 彼女は一度言葉を切り、長い沈黙の後、決心して告げた。


「あなたに地球から去ってもらう事を意味します」

「地球から……?」


 表現の唐突さに理解が追い付かない純真に、上木研究員は迷いながら説明する。


「エネルギー生命体はリーダークラスを中心にエネルギーを集めて、最終的には一つになります。そして一つの星系のエネルギーを奪い尽くして、次の星系へと移動するのです」

「星……系?」

「はい。現在地球にいるエネルギー生命体は、十分に育ったら太陽の熱を奪い尽くすのです」

「えっ、でも、適合者が制御していれば、そんな事にはならないんじゃ?」

「無理です。適合者がエネルギー生命体を制御下に置けるのは、エネルギー生命体がまだ弱い間だけ。一時的なものに過ぎません」

「それって……いつかは皆、ソーヤみたいになるんですか?」

「いいえ、もっと酷い事になるでしょう。人間としての知識と知能を持ったまま、エネルギーを求めて計画的に活動する様になります。だから、そうなる前に地球から――いえ、太陽系から去ってもらいます」


 恐ろしい真実を知らされて、純真は愕然とした。彼は低く呻きながら俯いて両手で顔を覆い、自分の思考を整理する。


「……ここの適合者は、それを知っているんですか?」

「はい。彼らは過酷な運命を受け入れる覚悟をしています」


 一度顔を上げた純真は、再び俯いて顔を覆った。悲嘆の息が漏れる。


「どうして今まで教えてくれなかったんですか……」

「ごめんなさい」


 上木研究員は理由を語らず、ただ謝罪した。

 理由など聞くまでもない事だ。もし真実を知ってしまえば、必ず罪悪感を抱いてしまう。だから言わなかった。その程度の事は純真とて分かる。

 彼は意を決して再び前を向く。


「俺も覚悟します」

「いえ、その必要は――」


 上木研究員としては、純真には早くエネルギー生命体を制御できる様になって欲しかった。そうならなければ、純真もまた過酷な運命を背負う事になってしまう。

 だが、当人の決意は固かった。


「日本人として逃げる訳にはいかない気がするんです」

「ウォーレンの言った事なら、気にしないでください。あなた一人が日本を代表する事はありません。そんな事は誰も期待していません。国とか名誉とか義務という言葉は忘れて、あなたは自分の事だけを考えてください」

「そんな訳にはいかないですよ……」


 どうして上木研究員は自分に優しいのかと、純真は不審に思った。彼女は真剣な眼差しで、じっと純真を見詰めている。彼女の親切さは、まるで純真の身内の様だ。

 困惑する純真に上木研究員は問いかける。


「あなたも『諫村忠志いさむら ただし』の様になりたいんですか? 地球を離れて、永遠に孤独に宇宙をさまよう事になるんですよ」

「それは……嫌ですけど……。でも、他に手段が……。そもそも上木さんはイサムラって人の何を知ってるんですか?」

「諫村忠志は私の友人でした。あなたには彼の様になって欲しくありません」


 純真は返す言葉を失い、一人思案した。

 上木研究員は純真に十年前の友人を重ねて見ている。だから純真を止めるのだが、研究所としてはどうなのか?

 彼女の個人的な考えと研究所の思惑は違うはずだ。


「……なって欲しくないっていうのは、上木さんの個人的な?」

「はい。あなたのお祖父さんも同じ気持ちだと思います。あなたのお祖父さん、国立功大さんは十年前にレジスタンスを結成して、諫村忠志を支援していました」

「レジスタンス?」

「当時の日本政府は宇宙人に降伏して、完全に言いなりの状態だったので。それに対抗する組織、レジスタンスが必要だったんです」

「そんな事してたんですか!?」

「国立功大さんは右翼組織の大物だったんですよ。それが宇宙人の襲来から回り回って、今はアメリカと協力しているんですから、不思議な巡り合わせですね」


 祖父の正体が右翼の大物と聞いて、純真は両親と祖父の仲が良好でなかった理由を察した。両親は政治的な因縁に巻き込まれたくなかったのだ。


「オレ、何も知らなかった……」

「知らせない様にしていたのです」


 一度に衝撃的な事実を明かされて、純真は感情の整理が追い付かなくなった。彼はいかに自分が物を知らない子供だったのか思い知らされて、打ちのめされた気持ちだった。彼は上木研究員に言う。


「済みません、ちょっと一人にさせてください。何が何だか……」

「純真くん、余り深く考え過ぎないでください。あなたには家族も友人もいます。自分を大切にしてください」


 そう言って去ろうとする上木研究員を、純真は呼び止めた。自分には家族も友人もいるというなら――。


「上木さん! その、イサムラさんの家族は……?」

「彼は両親と三人暮らしでしたが、両親とも宇宙人に殺されました」


 純真は当時高校生だったという諫村忠志の心境を思い、何とも言えない重苦しい気持ちになって、深い溜め息を吐きながら頭を抱えた。

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