六人目の救世主

純真と適合者たち

 それから一週間、純真は訓練を続けたが、エネルギー生命体の制御は一向に上達しなかった。

 どれだけ訓練しても、ただ電池を引き寄せる事しかできない。ゴムボールや積み木といった、明らかに電気を蓄えられない物には、一切反応しない。しかし、「電池」であれば中身が空でも引き寄せられた。一度空だと分かってしまえば、もう引き寄せられなかったが、これはつまり「この電池は空である」という純真の意識に反応している事になる。エネルギー生命体は確実に純真と同化しつつあるのだ。一刻も早く制御できる様にならなければ、逆にエネルギー生命体に意識を乗っ取られかねない。そう思っても、心が焦るばかりで進展は無い。



 時々純真の訓練の様子を他の適合者たちが野次馬に見学しに来た。彼らは上達の見られない純真を嘲るかの様に、遠巻きに見下した笑みを浮かべていた。純真の焦りは募る一方。

 だが、ウォーレンとソーヤだけは違った。

 ウォーレンは真剣に純真の上達を願って、様々な助言をした。それでも全く技術に進歩が無かったために、純真は申し訳なささえ感じていた。

 一方でソーヤは――ただ真っすぐ純真を見詰めているだけだった。彼女は他の適合者たちよりも頻繁に、純真の様子を見に来た。心配しているのなら、声をかけてくれても良さそうなものだが、そういう素振りもない。ただただ、じっと純真を観察している様だった。彼女が何を考えているのか分からなかったので、純真は少し不気味に思っていた。



 ある時、純真は思い切って、自らソーヤに話しかけてみた。相手は年下の少女なので、威圧的にならない様に、できるだけ穏やかな態度を心がけて。


「オレに何か用なのか?」


 そう問いかけても、ソーヤの反応は無かった。


「オレの言ってる事は分かるよな? 同じ適合者なんだから」


 不安になって純真が尋ねると、彼女は一度小さく頷く。それなら何故答えないのかと、純真は不満を溜め込む。

 そこにディーンが飛び込んで、二人の間に割って入った。


「ソーヤ! ごめんよ、純真。訓練の邪魔になるよな。今、連れて帰るから」


 ディーンはソーヤの世話係の様に、毎回彼女を引き取りに来る。その度にソーヤはディーンに引っ張られて帰って行くのだが、今日は違った。彼女は嫌そうな顔でディーンの手を躱して、純真の背後に逃げる。


「ソーヤ、迷惑をかけるんじゃない!」

「待ってくれ」


 言う事を聞かないソーヤを追いかけようとするディーンを、純真は落ち着かせようと止めにかかった。瞬間、ディーンは純真に触られるのを嫌がる様に、大きく後ろに跳んで避ける。


「わっ!?」


 その反応を純真は怪しんだ。


「どうした?」

「いや……純真はエネルギー生命体の制御ができないんだろ? 触られると逆に取られるかも知れないから……」

「取られるって、エネルギー生命体を?」

「ああ、そうだよ。それだけ純真のエネルギー生命体は強いんだ」

「そうなのか……」


 ディーンの返答に、純真は自分の手を見詰める。このままエネルギー生命体の扱いが上達しなければ、大変な事になるのではないかと彼は想像した。もし誰も純真のエネルギー生命体を抑えられなかったら?

 そんな事にはならない、研究所も何か対策があるはずだと思い込む事で、純真は平静さを取り戻す。不安な話題を忘れる様に、純真はディーンに尋ねた。


「ところで、この子がオレの訓練を見に来る理由は何なんだ?」

「それは……」


 ディーンが言い難そうにしていたので、純真は何か言えない理由があるのかと疑いの眼差しを向ける。ここでごまかしても不信感を持たれるだけだと思ったディーンは、正直に話した。


「多分、純真の力を見極めようとしている」

「見極める? 何のために?」

「何のためって言うか、エネルギー生命体の本能だよ。ソーヤはエネルギー生命体に順応し過ぎてしまったんだ。昔は今みたいに無口でもなかったのに、適合が進んでおかしくなってしまった」


 純真は彼女が将来の自分の姿に思えて怖くなった。


「元には戻れないのか?」

「多分、無理だ。まだ完全に乗っ取られた訳じゃないけど……。適合者は適合者同士で話ができるって知ってるだろ?」

「ああ。オレと君が話せるのも、そうなんだよな?」

「そう。……だけど、僕たちでもソーヤとは話せない。それはつまり……」


 ディーンの悲しげな瞳を見て、純真は察した。そして自分の置かれた状況に、一層の焦りを感じるのだった。

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