世界の危機と日本の窮地

 困惑するばかりの純真を憐れんで、ミラが現在の情勢を説明する。


「本当に何も知らないの? NEOが暴走したのよ」

「ネオ?」

「NEOも知らないの!?」


 呆れ顔で閉口する彼女に、純真はますます困惑する。

 ソーヤを除いて、適合者たちは誰も彼もミラと同じ表情。その中でウォーレンが落ち着いた声で説明する。


「NEOは日本が開発した未来予測システムだ。その内部にはエルコンが搭載されている。エルコンの中身がエネルギー生命体だという事は知っているか?」

「はい、それは知ってます」

「十年前に地球を襲った宇宙人の正体は、エネルギー生命体だった。一人の少年の活躍で、エネルギー生命体は地球から去ったが、その代わりにエルコンという卵を置いて行った。それが孵ったんだよ。そして、どうやらNEOに搭載されたエルコンのエネルギー生命体が最も強く、他の全てのエネルギー生命体を従えているらしい。厄介な事に奴はNEOの未来予測システムまで掌握している。つまり、今は十年前と同じか、それ以上の世界の危機という訳だ」


 彼の話は以前に純真が祖父から聞かされた事と大体同じではあったが、新たな情報が加えられていた。その点に純真は言及する。


「NEO、未来予測システムって……本当に日本がそんなものを?」

「公式には情報収集衛星とされていたらしいが、君は日本国内の政治や科学のニュースには興味が無かったのかな?」


 新聞を読んだりニュースを見たりする習慣が無かった純真は、ウォーレンの問いに何も言えなかった。無知を責められている気がして、彼は話題の転換を試みる。


「……その十年前に活躍した少年って誰ですか?」

「イサムラ・タダシという名前だったと記憶している。日本人の高校生だった。日本政府は彼の活躍を認めていないから、彼については君が知らないのも無理はない」


 日本が多くの事を隠しているのが、純真には衝撃的だった。これまで彼は何となく、日本のやって来た事は正しいと思っていた。エルコンを手に入れたのは日本政府が宇宙人と懸命に交渉した結果だと信じていたし、その後の十年間で日本がエルコンを利用して急速に発展した事も、当時の日本政府の判断が正しかった事の証明だと信じていた。

 しかし、それをウォーレンは容赦なく打ち砕く。


「連邦政府はエルコンを手放すように日本政府を説得したが、日本政府はエルコンを手に入れたのは宇宙人との交渉に全力を尽くした結果だと信じて疑わなかった。連邦政府だけではない。多くの国が日本にエルコンを手放すように働きかけたが、それを嫉妬だの妨害だのと日本政府は好き勝手に言い腐した。そればかりか、イサムラ・タダシの勇敢な活躍も闇に葬られた。日本政府は何もかも自分たちの手柄という事にしたかったんだな。その結果が今だ」


 彼の口振りに純真は強い憤りを読み取り、申し訳なさを感じて怯んだ。

 表情を強張らせる純真に、ウォーレンは淡々と告げる。


「君に怒っている訳じゃない。政府と個人が別の存在だという事くらい、私とて理解している。知らない事は罪だが、こうして君は知る事ができた。重要なのは、これからどうするかだ」

「そんな事を言われても……オレは体の異常を取り除くために来ただけで……」

「もし現状を解決できなければ、地球は滅ぶ。人類だけではないんだぞ。地球そのもの……いや、太陽系の全てが生き物の住めない死の星になる。逆に現状を解決できた時、日本という国がどういう立場に置かれるか……」


 彼の言葉に純真は恐れを抱くばかりだった。


「オレに何をしろって言うんですか……」

「それは君自身が考えるべき事だ」


 純真の中には切迫感と罪悪感が芽生える。これまで何も知らずに、ただ普通に生きていたつもりの彼には、何をするべきなのかも分からなかった。

 苦悩する彼を見かねて、上木研究員がウォーレンを諫める。


「Warren, he's still a minor. You shouldn't condemn him」

「責めている訳じゃない。それに未成年と言ったって、もう高校生だろう。自分の主張を持つべき年だ」


 ウォーレンの反論に彼女は悲しい目をして、純真に言う。


「純真くん、気にする必要はありません。まずは自分の事だけを考えてください」


 しかし、純真は素直に彼女の言葉に頷く気にはなれなかった。子供とも大人とも言い切れない年頃の彼には、大人ではないという自意識と同時に、子供でもないという自意識がある。その狭間で彼は苦悩していた。大人の行動と責任を求められても困るが、子供だからと逃げるのにも抵抗があるのだ。


 深刻な表情で沈黙する純真に、上木研究員は告げる。


「では、純真くん。早速ですが、訓練を始めましょう」


 彼女は続けて、適合者たちに問いかけた。


「Could someone help out with his training?」


 それにウォーレンが反応する。


「私が手伝おう」

「You have your task――」

「構わない。私はもう十分に熟達している。彼に一番上手く教えらえるのは、私以外にいないだろう。それに教える事は二度学ぶ事だと言うじゃないか」

「So, thanks」


 話の流れからして、ウォーレンが純真の訓練を手伝う事になった様だと、純真は察する。見ず知らずの大人に教導される事に、彼は不安と緊張があったが、覚悟を決めてウォーレンに頭を下げた。


「宜しくお願いします」

「そう固くならないで。気楽に行こう」


 意外に優しい彼の対応に、純真は少し安心した。

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