日本を離れて

 純真の父と祖父の話し合いは長引きそうだった。それを察して純真の母は、身内の醜い言い争いを見せまいと、その場から彼を引き離す。


「純真、こっちへ」


 純真は無言で頷き、母の後に付いて台所に避難した。

 母は何度か純真を見て、やがて決心した様に尋ねる。


「純真、今日学校で何があったの?」

「えーと、それは……」


 何から話したら良いものか、純真は迷った。エネルギー生命体がどうのこうのと言ったところで、急には信じてもらえないだろう。あれこれ悩んだ末に、当たり障りの無い事から報告する。


「何か知らないけど、特殊な体質になってしまったみたいで……」

「特殊な体質?」

「電気を吸い取る……みたいな? それを治すのにアメリカに行くとか何とか」


 純真の母は何と言って良いか分からず、呆けた顔をしていた。


「……本当なの?」

「本当だと思う。今は電気が止まってるから、確認は難しいけど」

「何で治さないといけないの?」

「それは……この体質になった原因が、その……寄生虫みたいなものらしくて、放っておくと大変な事になるからとか」

「大変な事?」

「死ぬとは聞いてないけど、意識が無くなるって……」


 純真の説明に、純真の母は真剣な顔になった。


「今の話が全部本当なら、まず病院に行かないと」

「あー……でも、日本の病院では治せないって」


 途端に純真の母の表情が曇り、疑わしげな眼差しになる。

 十年前の宇宙人の襲来から、今や日本はあらゆる分野で世界一の先進国だ。医療に関してもアメリカに引けを取るものではない。それなのにアメリカでの治療に拘る理由が分からないのだ。


 母をどう説得したものかと純真が困っていると、父と祖父が揃って台所に姿を現した。


「純真、すぐに出かけよう。支度をしなさい」


 有無を言わせぬ態度の祖父・功大に、純真は目を剥いて驚く。


「今から!?」


 時刻は午後八時。街明かりも失われ、辺りは真っ暗だ。

 純真は父に視線を向け、そんな唐突な話を許すのかと訴えた。彼の母も全く同じ行動を取る。

 それに対して、父は無反応だ。堪らず母は声を上げた。


「あなた!」

「純真の事はお父さんに任せよう」


 どうやら父と祖父の間では話が決着したらしいと純真は察した。

 純真の母は納得いかない様子で抗議する。


「どういう事なのか説明して」

「分かった。純真は遠出の準備をしてくれ」


 父と母が話し合う間、純真は台所から締め出され、自室に追いやられた。

 どちらにせよアメリカに向かうと言う結論は変わらない様なので、純真は素直に旅行の準備をする――と言っても、海外旅行は初めてなので、何をすれば良いのか分からない。

 パスポートは持たなくて良いのか?

 食事はどうなる?

 着替えは洗濯できるのか?

 これまで何の心配もせず、親元で気楽に暮らしてきた純真にとっては、初めての事だらけ。取り敢えず、旅行に出かける様な気持ちで、大き目のスポーツバッグに日用品を詰め込む。

 しかし、準備が終わらない内に祖父・功大が部屋の外から声をかける。


「純真、準備に手間をかける必要はない。足りない物があれば、後からでもこちらで用意する」

「えっ、でも……」

「金の心配はいらん。諸々の手配はこちらで済ませておく」


 何もかも頼り切りでは悪いと純真は思ったが、勝手の分からない事で意固地になっても仕方がないので、ここは素直に祖父に甘える事にした。


「アメリカには船で? それとも飛行機で行くんですか?」

「潜水艦だ」

「潜水艦?」

「サイパンまでは片道二泊三日。ちょっとしたバカンスのつもりでいると良い」

「サイパン! サイパンかぁ……」


 初めての海外旅行がリゾート地として有名なサイパンだと聞いて、純真は少し浮かれた気分になった。大事だいじかこつけてバカンスに出かけられるなら、そう悪くはないのかも知れないと、お気楽な考えが浮かぶ。移動が潜水艦というのもなかなか洒落ている。

 この時の純真は、まだ事の深刻さを理解していなかった。功大も意図的に彼の不安を煽らない様にしていた。

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