エネルギー生命体

 動揺する純真に、彼の祖父・功大は告げる。


「エネルギー生命体は生命活動を維持するためにエネルギーを食べるんだ」

「エネルギーを食べる……? 例えば……電池の電気とか?」


 これまでの事から純真は直感した。功大は大きく頷いて、更に続ける。


「そしてエルコンの中身でもある」

「エルコンの……」

「純真、エルコンを触ったな?」


 咎められている様な気がして、純真は一瞬返答を躊躇したが、ごまかす事はできないと覚悟して、小さく頷いた。それは肯定の反応。

 功大は疲れた様に大きな溜息を吐く。失望の溜息ではないかと感じた純真は、申し訳なさを感じていた。自分の軽率な行動が、取り返しの付かない事態を引き起こしたのではないかと。

 しかし、功大は純真を叱ったりはしない。穏やかな調子で続ける。


「気にする事は無い。エルコンの真実は限られた者しか知らない。私たちはエルコンの危険性を何度も政府に訴えたが、聞き入れられなかった」

「エルコンの真実って?」

「エルコンはエネルギー生命体の孵卵器だったのだ。そして昨日、そのエネルギー生命体が孵化した。十年前の再現だ。エネルギー生命体が世界中を襲う」

「十年前は宇宙人が襲って来たんじゃ……?」

「その宇宙人を裏で操っていたのが、エネルギー生命体だ。エネルギー生命体は適合した者に宿って、意識を乗っ取る」

「乗っ取る? 乗っ取るって……意識を乗っ取られたら、どうなるんですか?」


 功大の発言に純真は衝撃を受けて蒼褪あおざめた。

 功大は真面目な顔で、ゆっくり落ち着いた声で語る。


「エネルギー生命体の都合で行動する様になる。乗っ取られたという自覚が無い状態で、少しずつ肉体と精神の構造を変えられていく」

「あわわわ……」


 恐ろしい事実に純真はおたおたするばかりで、何も考えられなかった。


「た、助かる方法はあるんですよね!? だから来てくれたんですよね?」


 藁にも縋る思いで訴える孫に、祖父は期待通り頷く。


「ある。あるから、落ち着くんだ。男子が情けない顔をするんじゃない」

「で、で、で、何をすれば良いんですか!? 猶予は何年ぐらい!?」

「落ち着きなさい。深呼吸、深呼吸」


 祖父に促されて、純真は二度深呼吸をした。それでも心は騒いで落ち着かない。

 焦りを瞳に表す彼に、祖父・功大は言う。


「純真、君の問題は現在日本で――いや、世界中で起こっている問題と直結している。僕と一緒にアメリカへ出かけよう」

「あ、アメリカぁ!? 今から!? 家は、学校は!?」

「お父さんとお母さんには、これから許可を取る。学校がどうのこうのなんて言ってられないよ。十年前の再現なんだから、すぐに休校になるさ」



 その後、純真は功大に連れられて保健室を出た。

 学校の駐車場には、黒塗りの厳つい高級電気自動車が停めてある。もしやと純真は思ったが、彼の予想通りに黒い自動車は功大を待っていた。

 自動車と同じく黒いスーツを着た厳つい容貌の男性が、功大の姿を認めて車から降り、後部座席のドアを開けて出迎える。


「どうぞ」


 この待遇は何だろうと純真は怪しんだ。祖父・功大が特に名のある人物だとか、金持ちだとかいう話は聞いた事が無い。だが、幼い頃に一度だけ栃木県足利市の山中にある父方の実家を訪れた記憶では、大きな家だったと思う。田舎の古い家は基本的に大きいので、それが金持ちの指標になるかは分からないが……。



 純真は黒い自動車で祖父・功大と一緒に帰宅する。

 功大の姿を見た純真の両親は、揃って目を剥いて静かに驚いた後、顔を顰める。


「お義父とうさん?」

「お父さん、何の用なんですか?」


 それの意味する所が、最初純真には分からなかった。

 功大は純真を置いて、彼の両親――功大にとっては息子夫婦――と話を始めた。


「お父さん、もう家には近付かないと言ったではありませんか。あなたは約束を破るんですか?」

「そんな場合ではないのだ。純真が大変な事になった。詳しい話をしても、お前たちには分からんだろうから説明は省くが、純真を治すためにアメリカに行きたい」

「アメリカですって!?」


 唐突な話に純真の母が高い声を上げる。


「純真は重い病気にでも罹ったんですか!?」

「そう思ってくれて構わない。日本では治せないからアメリカに行く」

「でも、こんな時に……」

「こんな時だからこそだ。エルコンに頼り切っていた日本は当てにならない」


 その発言に純真の父が不信感を露わにして問う。


「そんなに日本が信用できないんですか? お父さんは昔の事で日本を逆恨みしているだけじゃないんですか?」

「感情の問題ではない。お前は子供の前で何て事を言うんだ」


 怒気の滲む功大の言い方に、純真の父は眉間の皺を深くした。感情の問題ではないと言いながら、明らかに功大は感情的になっていた。


「お父さんは相変わらずですね。まだ十年前の事を引き擦っているんですか」

「そうかも知れない。だが、それとこれとは無関係だ」

「だったら説明くらいしてくださいよ」

「後でな。今は一刻も早く純真をアメリカに連れて行きたい」

「だから許可をくれと? はぁ、保護者の同意が無ければ誘拐になりますからね。被害届を出されては困るんでしょう?」


 純真の父と祖父・功大は無言で睨み合う。

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