祖父との対面

 純真は盤田教授に連れられて、中年の女性看護師が常駐している大学の保健室に向かった。

 これまで純真は大学の工場で簡単な作業を手伝った事が何度かあり、その時に軽い怪我を負って保健室で手当てを受けている。故に看護師とは初対面という訳ではない。


 深刻な面持ちの盤田教授に連れられて現れた純真を見て、看護師は心配そうな顔をする。


「あら、盤田先生に国立くんの弟さん……どうしたの?」


 その問いに無言のまま困惑した表情になる純真を見て、彼女は視線を盤田教授に移す。


「何かあったんですか?」

「ちょっと口頭では説明し難い事態です。少し彼を預かってください」

「少しって、どのくらいですか? もう夕方になりますよ」


 看護師は勤務時間外になると主張したが、盤田教授は引かない。


「非常事態です。私は国立くんのお祖父さんを呼んで来ますから」

「お祖父さん?」


 訳が分からないという反応をする看護師には構わず、盤田教授は純真を見詰める。


「そういう訳だから、少し待っていてくれ」

「盤田先生、ウチのお祖父さんが何で?」


 純真もまた何故盤田教授が祖父を呼ぶのか分からない。自分の祖父と担当教授に面識があるとは思いもしなかった。

 盤田教授は純真の問いには答えず、足早に保健室から出て行ってしまう。



 そして純真と看護師は保健室で二人だけになる。

 看護師は怪訝な顔で純真に問いかけた。


「何があったの? 怪我とかはしてないみたいだけど」

「いえ、オレにも全然……何が何だか」

「取り敢えず、熱でも計ってみる?」

「あ、はい……あっ、いや、その……」


 看護師に体温計を差し出され、純真は反射的に受け取ろうとしたが、すぐ手を引っ込めた。

 看護師は眉を顰めて不審がる。


「どうしたの?」


 純真は電池を空にしてしまった事を思い出していた。原理は不明だが、純真は意図せずに機械の電気を吸い取るか、消失させるかしている。迂闊に触れば体温計もダメにしてしまうと、彼は推測した。

 しかし、正直に話した所で、それを信じてもらえるかは分からない。そもそも純真本人も半信半疑だ。


「熱があるとか、そういうのではないんで……」

「そう?」


 看護師は体温計を片付けて、困った顔をする。


「それじゃあ、その辺で楽にして待ってて」

「はい」


 純真は保健室のベッドに腰かけ、素直に盤田教授が戻って来るのを待った。



 盤田教授が保健室に戻って来たのは、約一時間後だった。外は少しずつ暗くなり始めている。彼は宣言通り、白髪の老人――純真の祖父・国立功大くにたち こうだいを連れて来た。


 国立功大は八十を超える高齢者である。彼は四十を過ぎて、純真の父である息子を儲けた。

 純真は事情を全く知らないが、両親と祖父・功大は疎遠だった。そのために純真も功大との交流は余り無く、親しみがあるのは母方の祖父母だったので、当然母方の祖父が来るものだと思っていた。故に、父方の祖父・功大の登場は意外であり、一瞬誰だか分からずに驚いた。


 功大は足が悪いのか、杖を突いて左足を引きながら、純真に歩み寄る。


「おお、純真……」


 功大は嗄れた声と皺だらけの顔で、嘆いているのか喜んでいるのかもよく分からない。彼はベッドに座っている純真の横に腰を下ろし、盤田教授と看護師に向かって言った。


「少し席を外してもらえないか」

「はい」


 盤田教授と看護師は速やかに退室し、この場には祖父と孫の二人だけになる。

 功大は純真を真っすぐ見詰めて尋ねた。


「純真、僕の事は分かるかな?」

「はい。栃木のお祖父さんでしょう」


 目の前の老人が「僕」という一人称を使ったので、純真は彼が父方の祖父の功大だと確信する。祖父・白髪・一人称という三つの特徴的な部分が一致すれば、他人と間違える事は無い。

 功大は孫が自分を覚えていた事に、照れ臭そうに笑いながら頷くも、再び真顔に戻って続ける。


「落ち着いて僕の話を聞いてくれ。純真、君は体の中にエネルギー生命体を宿している」

「……エネルギー?」

「エネルギー生命体だ。光や電気が命を持ったものだと思ってくれ。今の君は寄生されている……と言うべきだろうか」

「寄生!?」

「偶然にも君はエネルギー生命体に適合してしまった」


 純真は「寄生」と聞いて寄生虫を思い浮かべ、自分は病気ではないかと恐れた。

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