その身に宿る存在は

純真、特異体質に目覚める

 その日の学校生活は何事も無く終わったが、最後まで登校しなかった生徒も数人いた。それでも皆、遅くとも数日で電気が戻るだろうと楽観的だった。もし数日では直らず、何か月も遅れたとしても、十年前の様にはならないだろうと。



 あれからロボットはどうなったのかと思い、純真は放課後に大学に寄る。いつもは正面から堂々と大学のキャンパスに入る純真だが、今日は裏門を通る事にした。前日の騒動のせいで、正門の守衛とは顔を合わせ難いのだ。

 どこの守衛だろうと付属高校の学生証を提示すれば、すんなり通してくれるはずだと純真は見込んでいたが、その予想は外れた。

 普段、守衛は学生証から新所沢科学技術大学と付属高校に所属する全員の電子データを照合して、本人かどうかを確認するのだが、今日は節電のために電子セキュリティが機能してない。そうなると一々呼び止めて本人確認をする事になる。

 裏門の守衛とは余り面識が無い純真は、ここで少々時間を食った。



 純真は大学の工場に入ったが、そこにロボットは無く、人も少なかった。まだロボットは警察に押収されたままの様だ。

 純真の姿を認めて、五十我が歩み寄る。


「国立おとうと!」

「純真です……」

「大丈夫だったか?」

「はい……何とか」

「一体何があったんだ? 詳しく聞かせてくれ」


 ロボットを取り上げられた事で、大学の先輩たちに怒られはしないかと純真は心配していたが、五十我は情報を聞き出す事を優先した。

 純真は素直に昨日の事を話す。


「ロボットが勝手に動いて、発電所まで行ったんです」

「発電所って、エルコンがある新所沢の発電所か」

「はい」

「勝手に?」

「はい」

「……プログラムの事はよく分かんねえからなぁ。メット脱げば良かったんじゃ?」

「いや、外してみたんですけど……ダメでした」

「……プログラムの事は分かんねえからなぁ」


 五十我はどちらかと言うと実作業の方が得意で、プログラミングには疎い。それが論理よりも実践を重視する性格に繋がっている。どんなに不可解でも、実際に起こった事は起こった事として考えるのだ。

 五十我は少し考えて、一つの疑問を提示する。


「しかし、よくバッテリーが持ったな。発電所まで結構距離があるだろ。五キロぐらいか? ロボットの歩行速度が時速……十五キロかニ十キロぐらいとして、ニ十分弱。満タンでも厳しいんじゃないか。エルコンならともかく」

「どういう事ですか?」

「オレにも分からん。とにかく普通じゃない事が起こった。それだけは確かみたいだな」


 つまりバッテリーの容量以上の動力でロボットが発電所まで移動したのだ。ガス欠の車が走り続けていたのと同じで、それはあり得ない事。

 そこに五十我は疑問を抱き、外部からの力でロボットが動かされていたのではないかと考えた。そんな事が可能な者がいたとして、何が怪しいかと言えば、空に浮かんでいた球体の大群だ。

 だが、確証は無い。バッテリーの限界を検証しようにも、ロボットは押収されている。


 考え込む五十我に、純真は頭を下げて謝った。


「済みませんでした。オレが乗っていたのに、何もできなくて」

「いや、どうしようもなかったんだろ? しょうがないって」

「それはそうですけど、当事者としてというか、乗っていた責任というか……」

「誰か死なせたとか怪我させた訳でもないし、そんな気にすんな」

「ありがとうございます。でも、やっぱり気にしてる人はいるんじゃないですか」

「まあ、いない訳じゃないけど、オレの方からもフォローしとくよ。そもそも搭乗許可を出したのは吉中教授だし、最悪教授が責任取ってくれるって」


 それはそれでどうかと思う純真だったが、五十我の気遣いは素直にありがたかった。

 直後、吉中教授が工場に現れて、純真に呼びかける。


「国立純真くん、話がある! ちょっと来てくれ!」


 純真は驚いて振り向く。吉中教授の隣には、作業服姿の盤田教授がいた。

 ロボットの事で怒られるのではないかと、純真は内心で恐れながら二人の元に向かう。純真を弁護しようと五十我も後を追った。


 工場の入口前で盤田教授は純真に新品の単三電池を一本渡す。


「これを持ってみてくれ」


 純真はさっぱり意味が分からなかったが、取り敢えず盤田教授から電池を受け取る。純真の手の中で電池は少し熱を持ったが、彼自身はそれを特に疑問には思わなかった。

 盤田教授は腕時計で時間を計り、三十秒後に告げる。


「返してくれ」

「何の意味があるんですか?」


 純真は訳も分からないまま、言われた通りに電池を返した。彼の隣の五十我も不可解な顔をしている。

 盤田教授は作業服のポケットから電池チェッカーを取り出して、残量を確認する。デジタル画面にはでかでかと0%と表示され、盤田教授は深い溜め息を吐いて、深刻な表情をした。そして吉中教授と顔を見合わせる。


「どうしましょう? こんな事になるとは……」

「もう一度、確認してみましょう」

「ええ。どうぞ」


 盤田教授はもう1本新品の単三電池を取り出して、チェッカーと一緒に吉中教授に渡した。

 吉中教授は自分で電池の残量を確認する。新品なので当然残量は100%だ。その後、吉中教授は純真に電池を持たせた。


「済まないが、もう一度」


 まだ事情が理解できず、純真は困惑の表情で従う。


「一体何なんですか?」

「……電池を返してくれ」


 吉中教授は答えずに、純真に要求する。

 純真は素直に電池を返した。この時点で純真は、これが何のテストなのか察し始めていた。

 吉中教授はチェッカーで電池の残量を確認する。そして表示される0%……。

 純真は二人の教授に尋ねた。


「これって……オレが電池を空にしてるって事ですか?」


 二人の教授は低く唸って、否定とも肯定とも付かない曖昧な返事をする。

 やがて盤田教授が意を決した様に、純真に告げた。


「恐らく……。国立くん、私に付いて来てくれ。大事な話がある」


 その真剣な態度に気圧されて、純真は小さく頷く。猛烈に嫌な予感がして不安になるも、とても拒否できる雰囲気ではなかった。

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