サイパン島への旅

 それから純真は夕食を取り、入浴を終えた後に、両親と兄に見送られ、祖父・功大と家を出た。何やかんやで時刻は午後九時を回っている。

 純真と功大は黒い乗用車で所沢市から南下し、神奈川県横須賀市まで移動する。長時間の移動のため、純真は東京都から出た辺りで眠りに就いてしまった。

 その後、彼は翌朝まで目を覚まさず、起きたのは潜水艦の中である。



 アメリカの原子力潜水艦グレイウェール。使用済み核燃料を動力源とする最新型。航行速度は最大八十ノット。

 その艦内の狭いベッドルームで、純真は目覚めた。明かりが無く薄暗い室内を見回して、ここは一体どこだろうかと彼は小首を傾げる。窓が無いので、外の景色も分からない。室内には誰も居らず、ただ純真が持参したバッグがあるだけだった。

 純真は外に出ようと、ドアノブに手をかける。だが、固くロックされていて、押しても引いても開きそうにない。

 ロックを解除しようと、純真はドアノブを観察する。しかし、見ても触っても解除方法が分からなかったので、ドアを叩いて外に呼びかけた。


「もしもし、誰か!! 誰かー!」


 すぐには反応が無かったので、純真は執拗に呼びかけを続ける。そうすると外から声が聞こえた。


「Be quiet!!」


 そしてドンとドアを叩き返される。

 純真は驚きの余りに硬直して沈黙する。


(英語? 英語か? 黙れって言われた?)


 純真は少し考えて、ここは潜水艦の中ではないかと思った。それなら英語らしき言語で応答があったのも納得できる。余りに静かで揺れもしないので、彼はここが海中の潜水艦の中だと思い至らなかった。


(……こういう時には何て言えば良いんだっけ?)


 残念ながら純真は英語が得意ではなく、どう話せば良いのかも分からない。

 これからは日本が世界をリードしていくのだから、世界が日本に合わせるのだという、漠然とした傲慢な自信を彼は持っていた。不真面目な生徒という訳ではなかったので、一応標準的な読み書きは可能でも、聞き取りは苦手だった。

 取り敢えず、彼は対話を試みる。


「ハ、ハロー?」

「Don't talk to me. Wait a moment, I'm about to call your grandpa」


 相手は分かり易く、ゆっくり、はっきりした発音で喋ってくれている。取り敢えずウェイト・ア・モーメントは聞き取れたので、純真は素直に黙って待つ事にした。


 数分後に、純真の祖父・功大が部屋の前まで来る。功大は部屋の外から純真に話しかけた。


「純真、目が覚めたか」

「栃木のお祖父さん、ここを開けてもらえませんか?」

「僕も出してやりたいとは思うんだが、米軍の許可が下りないんだ」

「米軍?」

「ここはアメリカ軍の潜水艦の中なんだよ」

「潜水艦って、マジの潜水艦だったんですか!?」


 純真は潜水艦が軍用だとは思わなかった。普通、潜水艦と言えば軍が持つものなのだが、彼は民間の大型客船の様な物を想像していた。

 功大は事情を話す。


「純真、君は適合者だ。エネルギー生命体を宿しているから、迂闊に電化製品に触れれば、電気を吸い取ってしまう。それを潜水艦の乗組員たちは警戒している」

「ああ、そういう事なんですか……。それは分かりますけど」

「最悪、潜水艦が停止してしまうかも知れないからな」

「……そこまでのものなんですか?」

「エネルギー生命体は恐ろしい存在なんだ。できるだけ君が不自由しない様に努力するから、二日間だけ耐えてくれ」

「分かりました」


 祖父の説得で純真は心を落ち着けた。下手に動いて潜水艦と一緒に海の底に沈む事だけは避けたかった。



 しかし、純真は食事をするのも部屋の中で、外に出られるのはトイレの時だけ。それも必ず見張りが付いた。純真にとって初めての海外旅行は退屈で窮屈なものとなってしまった。


(こんな調子じゃあ、サイパンに着いてもバカンスどころじゃないかもなぁ……)


 密室内で寝転びながら、純真はぼんやりと考える。不幸にも彼の予感は的中する事になる。

 幸いと言うべきか、以降は彼が退屈するとすぐに眠気が襲って来て、ベッドで横になって目を閉じれば、深く眠る事ができた。部屋の中が薄暗いせいかと当人は考えていたが、その真相は……。


 ともかく二泊三日の旅を終えて、純真は無事にサイパンに着く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る