十年前の悪夢、再び

 純真を乗せたロボットは、大学のキャンパスからも出て行く。門の前で守衛が止めようとするが、人の体で十メートル級のロボットは止められない。


「おい、この非常時に何をする気だ!!」

「済みません、止まらないんです!」

「こら、待て!! 止まれ! 降りろ!」

「それができないから困ってるんですよ!!」


 傍目には純真がロボットを動かしている様にしか見えないので、とにかく弁解するしかない。

 守衛は大学の警備を放り出す訳にもいかず、純真とロボットを門から十数メートル追いかけた所で、それ以上の追走を諦める。



 ロボットは公道に出て、旧市庁舎方面に向かっていた。空を覆う謎の球体も、そちらに向かっている様子。まるで全てが大きな流れに引き寄せられているかの如くだった。


「あそこには発電所が……。まさか本当にまた宇宙人が攻めて来たのか?」


 十年前は世界中の発電所が宇宙人に襲撃された。純真は不安を顔に表して、ヘルメットを被り直す。

 幸い路上には歩行者も自動車も少ないが、信号や電光掲示板は消えている。停電は大学だけではなく、かなりの広範囲で起こっている様だ。何もかもが十年前を想起させる。



 ロボットは市街地を歩き抜け、確実に新所沢総合発電所に向かっていた。

 街の人々はロボットを物珍しそうに見上げて、道を譲る。望まぬ形で衆目を集める事になり、純真は弱り果てて途方に暮れる。


「なあ、発電所に行って、何をしようってんだ? あの球体と戦うのか?」


 純真はロボットの頭部を見上げて尋ねたが、返事がある訳もない。そもそも頭部はお飾りで、機体の制御システムは座席の裏側だ。

 ややして彼はスマートフォンを持っている事を思い出し、誰かに連絡しようと思ったが、何故か圏外表示。試しに兄に連絡してみるも、呼出音すら鳴らない。数秒後には電池が切れたのか、画面が真っ暗になって、全く反応しなくなる。


「えぇ……こんな時に……」


 八方塞がりの状況に純真は頭を抱えた。



 その内に彼を乗せたロボットは、発電所まで二百メートルの所まで来る。周囲には他に大きな建物も無く、ただ発電所だけがそびえ立っている。

 このまま発電所に突入するのかと、兢々きょうきょうとする純真の前に、上空から数個の黒い球体が降りて来た。球体の直径は二メートル程度だが、人に比べれば十分大きい。それが純真の視線の高さに合わせる様に、ロボットと並進している。


「何だ、何だ、何だ!?」


 驚く純真だったが、ロボットも球体も特に行動を起こさない。やがて球体はロボットから離れ、上空に戻って行った。


「何だったんだ……?」


 もう何が何だか、純真には分からない。発電所に目をやると、他の球体の三倍は大きな一つの球体が天高く上って行った。

 それに連れられる様に、無数の球体も上昇して行く。遥か上へ、上へ……。やがて彼方に消えて行き、全く見えなくなる。

 純真とロボットは、その様をその場でただ見送っていた。


 そしてロボットは直立したまま、完全に動かなくなる。


「えぇ……こんな所で止まるのかよ」


 純真は情けない声を零し、また途方に暮れる。どうやら完全にバッテリーが無くなってしまった様子。恐らく姿勢制御装置も機能していない。重心が傾いたら倒れてしまうので、下手に動けない。

 誰かが気付いてくれるまで、純真は待つしか無かった。



 数十分後に発電所から大人が何人も現れて、純真の乗るロボットに近付く。


「おい、誰か乗っているのか!!」

「乗ってます! お願いします! 降ろしてください!」


 地上からの呼びかけに対して、純真は必死に哀願した。


「自分で降りられないのか!?」

「無理です! 助けてください!」


 自分では何もできない事を主張するのは恥ずかしかったが、今の彼は体面を気にしている場合ではない。

 純真の訴えに対して、発電所の職員であろう大人たちの対応は冷静だった。理由を問うより先に、事態の解決を優先する。


「どうして欲しいんだ!」

「どうって……あっ、ロボットを支えてください! 固定してあれば、多分降りられます!」

「分かった! ちょっと待ってろ!」


 約三十分後に大人たちは高所作業車をロボットに横付けして、無事に純真を救出した。

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