そして運命は動き出す

 佐瀬崎は純真に最初の指示を出す。


「えーと、ハンガーとフレームを外すから、ちょっと待っててね」

「はい」


 固定から解放されたロボットは、ゆらゆらと揺れ始める。


「わっ」


 純真は慌ててバランスを取ろうとした。二足歩行は重心が高く不安定である。

 安定化のために機体の姿勢制御機能が働くも、それが余計に機体を揺らす。全体としては微小な揺れだが、コックピットは数センチ単位で動くので、吊り橋の上で風に煽られている様な感覚だ。

 焦る純真に佐瀬崎が助言する。


「純真くん、落ち着いて。リラックス、リラックス」

「で、できるわけないでしょう?」

「絶対に倒れたりしないから、無理にバランスを取ろうとしないで。深呼吸して、体の力を抜いて。はい、吸って、吸ってー。吐いて、吐いてー」


 佐瀬崎の声は優しく、暗示をかけるかの様。純真は言われた通りに深呼吸するが、体の力は抜けない。絶対に倒れないと言われても、実際に揺れているのだから本能的に恐怖する。

 しかし、半分も経てば揺れにも慣れ、彼は落ち着き始める。確かに彼女が言った通り、揺れは一定の範囲内で収まり、倒れるまでは傾かない。


「よしよし、その調子だよ、純真くん!」

「……子供扱いしないでくださいよ」


 佐瀬崎の甘い言葉に、純真は眉を顰めて呆れた声を出す。


「おっと、ゴメンね。落ち着いたところで、次の指示を出すよ。真っすぐ歩いて」

「はい。脳波で動くって事は、歩くイメージを思い浮かべれば良いんですか?」

「そうそう。また揺れるけど、慌てないでね」

「はい」


 純真は言われた通りに、足を踏み出すイメージを思い浮かべた。

 そうすると機体が大きく揺れ、右足を踏み出すと同時に、左前方に大きく傾く。


「うわっ!」


 慌てて動作を中断しようとする純真に、佐瀬崎が鋭い声で忠告する。


「止めないで! 足を地面に下ろして!」

「は、はい!」


 純真は右足で踏み込むイメージを浮かべた。ロボットは半歩踏み出した状態で止まる。機体が安定して安堵の息をく彼だったが、次の瞬間、工場内の照明が一斉に消えた。

 工場内の全員が、どうした事かと周囲を見回す。純真は佐瀬崎に問いかけた。


「……佐瀬崎さん、何が起こったんですか?」


 しかし、応答は無い。無線通信が遮断されている。

 想定外の事態に混乱する純真だったが、更に彼を驚かす事態が起きる。ロボットが勝手に動き出したのだ。


「え、え、どうなって……」


 純真は止まれと念じるも、全く止まる気配が無い。そのままロボットは開きっ放しのシャッターを潜って、工場の外に出てしまう。


「だ、誰か助けてくれ!! 佐瀬崎さん、五十我さん、吉中教授!」


 助けを呼んでも、声が届いていない。誰も彼も慌てている。純真はどうしたら良いのかも分からず、ただ狼狽するばかり。



 ロボットに乗ったまま工場の外に連れ出された純真は、空を見て愕然とした。


「な、何だ……?」


 まだ夕暮れには早い青い空に、無数の小さな球体が浮いている。上空数百メートルという高所にあるために、正確な大きさは不明だが、それが何にしろ、とにかく尋常な事態ではない事は明白だった。

 地上にいる他の大学生も、空を見上げて驚いている。

 突然電気が消えた事や、ロボットが動き出した事と、何か関係があるのかと純真は疑った。そして彼は十年前の記憶を思い出す。


「まさか……宇宙人が現れたのか?」


 十年前にリラ星人が現れた時と似ているのだ。当時も突然電気が消えて、電波も通じなくなった。その頃の純真は幼かったが、衝撃的な事だったので、しっかり記憶している。

 ますます動揺する純真だったが、ロボットは止まってくれない。目的地は不明だが、どこかへ向かって歩いている。


「マジでどうなってるんだよ。変なプログラムが入ってるのか?」


 純真はどうにかロボットを止めようと、まずヘルメットを外してみたが、無意味だった。純真の脳波で動いているなら、すぐに止まるはずなのだが……。それならばベルトを外して飛び降りようかと思ったが、地上まで七メートル以上あるのに加えて、機体が動くので怖い。着地に失敗すれば、無事では済まない。


「どこに行こうってんだ?」


 純真はただコックピットに座って、事の成り行きを見守るしか無かった。

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