Girl From Jupiter II

メラー

Girl From Jupiter II

 ミザは雹銃で二〇メートル上を泳ぐバンガクを狙う。目測だが、そのバンガクの全長は優に四〇メートルを超えているだろう。ミザは岩陰から機会を伺う。


 バンガクを狩るには長い体の側線を狙うしかない。側線には呼吸腔が並び、時折紫色の泡を水中に吐いている。ただ側線を狙うだけでは一発で仕留められない。できるだけ腕の付け根に近い場所、そこなら呼吸腔の直径が他よりも大きい。ミザは腕につけたポンプをひねり空気を吸った。バンガクは水面を覆う氷の天井で逃げ回る犀魚の群れに夢中でミザには気がつかない。彼女は今日、必ずあのバンガクを狩ると決めていた。


 バンガクは急に氷天井から向きを変えこちらを向いた。ミザに気がついたのではない。群で一番大きい犀魚がバンガクの包囲とぐろから逃れたのだ。バンガクは決して頭が悪いわけではない。これは大物一匹を追い群れを逃す阿呆の失敗ではなく、群れを余さず全て平らげるために必要な行動なのだ。

ミザは素早く海底の砂を掘って身を隠した。砂の中に腹ばいになり、隠れ帽とゴーグルだけ出してバンガクを睨む。バンガクは、この海の食物連鎖の頂点に立つ大型の爬虫類、大きな顎には三百本の鋭い牙、長い体には青い鱗がびっしりと生えている。この水だけの世界で進化した大鰐は、蛇のような長い身体と鰭に進化した短い手足を持っている。バンガクという名のついた所以は鰻のような身体を持つ鰐であるからだというのが主流だが、自分の身体の倍はあるような大鰻をラクラク食べてしまうからだという人もいる。どちらにせよ、繁字時代に鰻鰐と書かれていたことだけは確かな様だ。


 海を悠々泳ぐこの大型肉食動物は自らが狩られることには慣れていない。自然界にバンガクを襲う動物はいない。そして人間も普通バンガクを狩ろうとすることはないからだ。感覚が興奮で麻痺していたのかもしれない。ミザには何故かこの大鰐を殺せるという自信があった。


 ミザが危険を冒してまでこの大鰐を殺そうとしているのには理由がある。彼女は普段外層海まで出かけてくることはない。内層で中型の脂魚を獲るだけの漁師がここにいるのは、病気で死にそうな父親を病院にやるだけの金が必要だった。彼女は子供の頃に一度、父について漁へ行く途中、バンガクのホェール・フォールを目にしたことがあった。ボトルシップからバンガクの死体を見つけると父親はすぐに噴風機関を停止し、傍に船を下ろした。父親はバンガクの死体を、骨も残さず全てボトルシップに乗せると、町に引き返しそれを売り払った。それから一年、ミザは父親が漁へ出ず毎日家で過ごしていたのを覚えている。まさにロッタリーと同じ程の価値がある。もちろん、ミザがバンガクを狩る為に外層海まで出ているとは父親も知らない。彼女はただ普段通り漁に行くふりをしてここまで来たのだ。


 犀魚の頭にバンガクが食らいついた時、バンガクの脇腹の下にひょっこりとミザの隠れ帽が顔を出した。バンガクが犀魚を追い回している隙を彼女は逃さず、気づかれないまま砂の中を這ったのだ。


 頭に続いて雹銃が砂中から突き出る。ミザは慎重に腕の付け根にある大きな呼吸腔にロックオンする。雹銃は七秒間水中に銃口を出していることで、水を凍らせて弾にする仕組みの漁具だ。


 彼女はスコープ越しに、ゆっくりと開いては閉じる呼吸腔を睨む。開閉にタイミングに合わせ引き金の上でリズムを取る。緊張と興奮で頬の筋肉が引き攣る。彼女は唾を飲み込んだ。バンガクは犀魚の鎧鱗を噛み砕のに夢中だ、今しかない。チューブの空気を一息吸うと、彼女は引き金を引いた。

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