第22話 邂逅の時

 それから、2人してずっと話をした。ありあは、あのときは本当にごめんと改めて伝えた詫びに、ぽかんとした顔をした。


「なんでぇ? なんでごめんかなぁ~?」

「だって、そうだろ!?」

 あのときの出来事を一気にまくし立てて、そんなのひどい裏切りじゃん、そう言うと、ありあは静かに首を振り、そうは思わなかったよ、と言った。


「引っ越しのこと言わなかったし、まひろは知らなかったからしかたない」

「でも!」

 なおも言い募ろうとすると、唇に指を当てて、黙るよう合図された。それから、でもまひろは来てくれた、謝りにね、来てくれたよねぇ、と、再び歌うような口調で言われた。

「…もしも、あのときすぐ謝りに行かなかったら? たとえば、夏休み終わってから、とか思って、ずっと放置してたら?」

 それは、あの謎の2人が現れてチャンスをくれる前に、自分が実際にやったこと。聞くのはすごく怖い、だけど、聞かずにいられない。どう思っていたのか、あの後、ずっと?

 いったい自分がどんな顔をしていたのかわからないけれど、ありあは少し目を見開いて、まひろ、顔、恐いってぇ~、と笑った。


「あのころねぇ、学校行くの嫌でねぇ、毎日泣いていたんだぁ。毎朝、行きたくないって、しゃがみ込んで泣いて、母さん困らせてたんだぁ。でも、まひろ、絵がすごいって言ってくれて、まひろに会えるから学校行こうって」

「そうなんだ…?」

 あの教室で、みんなの意地悪い囁きの中、ありあは何も気づいていない風でいたけれど、本当はつらかったのか。鈍くて何も感じてないって思っていたけど、鈍かったのはありあじゃなく、自分だったのか。そう思っていたら、ありあは空を見上げながら、ぽつぽつと語りはじめた。


「まひろは、あの頃の僕に、たくさんのいいものをくれた」

「何も、あげた覚えは…」

「形はないけれど、いいものって、あるでしょう?」

 言いかけた言葉は、こちらを向いて放たれた言葉に遮られた。

「本当だよ。いいものを、まひろはたくさん、たくさんくれた。だから引っ越すって母さんが言ったとき、お礼しなきゃって思って絵を描いた。けど、お礼ができないかもって、終業式に出ないで行くって言われて気が付いた。

 どうしようって思ったけれど、まひろ、来てくれて、渡せたよ。よかった。そうでなかったら、お礼言えなくてごめんって、思い続けていなくちゃならなかった」

「ごめんって、思い続ける?」

 思いもよらない言葉に、衝撃を受けた。何てこと! あの、謝りに行けずにいた元の世界では、ありあに、ずっと、自分に対してすまないと思わせ続けてしまっていたのか―。


「…ごめん」

「え、だからぁ、なんでごめん? 変なまひろぉ、ねえ~?」

「そうか」

「そうだよ」

「そうだね」

「…うん」

 そうしているうちにあたりはオレンジ色の光に包まれ、次第に空が紫になった。もう行かなくちゃ、そう言うと、そうだね、とだけ、ありあは応えた。


「じゃあ、また」

「うん、またね」

 もう少し絵に手を入れていくというありあを残し、ちょっとだけ後ろ髪を引かれながらバス停へ、そして空港へと急いだ。


 チームのみんなはもうとっくに空港にいて、合流した途端、帰国に向けて出発となった。中学からサッカーを始め、今ではチームメイトとなった葉月が脇腹を肘で突いて、やだもう、ほんと、はらはらした、間に合わないかと思ったのよ! と頬を膨らませて言った。久々の、お姉ちゃんぶった口調で。こんな風にお姉ちゃんぶられるのって、以前は嫌だったけど(言葉遣いまで、あれこれ言われ続けていたし)、今では、懐かしい気すらしてちょっと心地よかった。何しろ、お兄ちゃんに子どもが生まれ齢10歳にして叔母さんになって以降、葉月のお姉ちゃん攻勢は専ら姪っ子甥っ子に向いていたから。


         ***


 機内では、ひたすら眠った。

 不思議な2人の存在を、なぜか近くに感じながら。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る