第21話 変化は起きていた確実に
ありあだ! ありあのしゃべり方!!
これは、メディアでは知り得ないこと。じゃあ、本当に…? 胸の奥が、じんと熱く震えた。唇を湿らせて、口を開く。
「…ありあ?」
「? うん」
「ありあ、なの?」
「そう」
「ありあ、なんで?」
「なんでってなんで? 変なまひろぉ!」
懐かしい物言いに、また少し緊張が解けた。ようやく口が滑らかに回り出す。
「ここで何してたの? この絵は完成してたんじゃないの? 消えていくのも作品のうちなのに、描き足しはあり? ていうか、これお前が描いた絵? お前が、DD?」
話し出したら今度は止まらなくなって、支離滅裂に質問を重ねた挙句、最後には直球すぎる質問までしてしまった。正体不明なのに、お前がDD? は無いだろう。それに、いまだにお前呼ばわりでよかったか? 内心で焦っていると、まったく意に介していない声であいつが応えた。
「だってねぇ、忘れてたの思い出したんだ。試合を見て、思い出したからぁ」
「思い出した? 何を?」
「天使! 天使のことぉ! あの絵の続き描かなくちゃって、続きが必要って」
「天使のこと? 続き?」
そう訊くと、ありあは、うん、と頷いた。
「試合がある、まひろが来るってわかったから絵を描いたら見せられると思って描いたけど、ほんとは試合はうんと先だった。だから試合前にほとんど消えちゃって、だから描き直さなきゃって思ったけど、試合始まっちゃって、中継見たら天使がいて、そうだった、天使を描かなくちゃねって思った」
なんだかよくわからないけど、自分に見せるため描いて、それをまた羽を足して描き直してくれたことはわかった。そして、あの終業式の日に渡された絵、その前に描いていた様々な天使の絵を思い出したということも。
ああ、そうだったのか、としみじみしていたら、
「髪、伸びたねぇ。似合うねぇ」
と言われた。ありあらしからぬナンパっぽいセリフに、思わず笑いが漏れる。
「ふっ、天使だからね、サッカーの」
「うん。試合ねぇ、かっこよかった。すごかったねぇ」
近寄ってきたありあは、見上げるように背が高い。190近くありそうだ。なぜか照れくさくなって、誤魔化すように、話題を変えた。
「それより、背、伸びたなあ! 前は同じくらいだったのに!」
「そう、変化したからねぇ」
「…そうだね」
変化が起きた。ありあにも、自分にも。そう思っているうちに、ありあは、絵の前に戻って行った。DDかどうか、いまだ答えは無い。聞くのは野暮だと思っても、どうしても気になって、できるだけさりげない風で再び口を開いた。
「で、DDなの?」
「え?」
「お前が、DD?」
「ああ、そう呼ぶ人もいるね」
拍子抜けするほど暢気な肯定が返ってきた。そうしている間にも、壁の上の生物は次々と翼を広げていく。見惚れていたら、ありあが振り向いてまたニッと笑った。それから、そうだ、こっち、こっちに来てぇ、と、先ほど姿を現した壁の裏へと手招きされた。
「ここ、ね、ここ!」
そう言いながら、すたすたと歩き、ある一点でぴたりと止まり、遠くの地面を指さす。そこには、足跡が2つ、描かれていた。
「何これ? お前が描いたの?」
「そうだよぉ、描いた、ほら、ね、ここに立ってぇ~。もうすぐだからぁ」
「もうすぐ? 何が?」
意味がわからないけれど、急かされるままに足跡のほうへ歩いていく。と、あと少しのところでぐいと手を引かれた。あの長期休み前最後の集団登校のときのように。そのままよろけるように、足跡まで手を引かれて歩く。
足跡の上まで来ると、ありあは両手で二の腕を掴んできた。そのままくるりと体が回され、次の瞬間、あの足跡の上にきっちりと足を乗せている自分がいた。ありあは向い合うように立ってポケットからスマホを取り出し、そのままその手を高く、太陽のほうに上げた。自撮り? そんな高く上げたら写らないんじゃ?―
***
数回シャッターを切ってから、ありあは画面を見て満足げに頷いた。それから、こちらにその画像を向けてくる。写っていたのは、自分たち2人…じゃなくて、影?
「えっ? 影を写してたの?」
驚いてそう聞くと、
「半分だけ、正解」
と、嬉しそうな声で言われた。半分だけ、正解? 意味がわからずに首をひねると、ね、よく見てぇ、とスマホを渡された。影、だけじゃない? 2人の影の背中から、羽が―!
慌てて影が伸びているほうを見ると、そこには、地面に描かれた羽の絵。足跡の位置に立つと、ちょうど背中から翼が生えているようになっていたのか。
「すごいな、お前!」
「ううん、まひろがちゃんと、計算どおり来てくれたからぁ」
感嘆して言うと、ありあはあっさりとそう応えた。
「計算どおり?」
「まひろ、昨日まで試合。今日の夜に帰るって、午前中のライブインタビューで言ったよね。だったら、ここに来れるのは午後で、バスのこと考えると着くのは今くらいかと思ってさ」
タクシーは使わないと思った、行動わかっちゃうからね、と付け加えるのに、
「…お前、本当にありあ? こんなに頭よかったっけ?」
思わず呟くと、あいつは、え、ひどいなぁ、と笑い、それより、ほら、画像送信するよ、と、スマホを振ってみせた。
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