第18話 サッカーの天使
受け取ったものは、丸めた紙だった。広げてみると、そこには温かなオレンジの絵。白と黄色と緑の光の中に飛び込んでいくように翔ける、後ろ姿。
「これ、もしかして…?」
自分だろうか。髪型は違うけど、背番号は自分ので、このユニフォームも自分が所属するチームのデザインのもの。だけどこれ、人じゃないな、背中に羽がある。…天使?
再び絵を見直したとき、オレンジに彩られた白い太陽の縁の文字に気が付いた。よく見ないと見落とすような、小さい文字。サッカーの天使、と書いてあった。
「あ、は…」
思わず、笑いが漏れた。いつか話をしたことがあったんだ。命がないものにも、天使はいるのかな? って。椅子の天使、机の天使。それはあいつと2人、ある家の前に無造作に置かれた粗大ごみを見たときだった。まだ使えるのにもったいない、そう言ったら、ありあが、あれを天国に連れていってくれる天使が必要だねぇ、と言った。命がないものなのに? と言うと、命はないけど、心はあるかもしれないよ、と。そんなはずはない、と思ったけど、どうしてわかるの? といういつかのありあの言葉が蘇って、それ以上は論議しなかった。代りに、言ってみた。
「サッカーにも天使はいるかな? どんなのかな? あ、羽の生えたボールか?」
「それだと、ボールの天使じゃない?」
「あ、そうか。じゃあ、何だろう? 形がないから難しいな」
そんな話を、笑いながらした。その答えが、これ? 変なの、そう思ったけど、でも目の奥がじんと熱くなって、その熱が胸の奥までゆっくりと広がって行った。
***
謝ることができたら、安心して頑張る力を無くすんじゃないか―あの2人はそう言って心配したけれど。それはまさに杞憂だった。数時間後に元の体に戻ったとき、あれ以降の自分の行動や想いが、ごく自然に、人生の記憶として自分の中にあることに気が付いた。モチベーションは下がらなかった。下がるわけがない。むしろ、さらに努力を重ねた。当然だ、なにしろ、サッカーの天使なんだから。
ありあにもらった天使の絵は、大切な御守りとなっていた。壁にぶつかるたび、いいことがあるたび、見返しては気持ちを新たにして力をもらう。そして今。U-18の代表選手の一人として、ある国に海外遠征している自分がいる。
試合後にスタジアムの選手用カフェテリアで例の絵を見ていたら、対戦国の代表選手・リオがひょいと覗き込んできた(他国の選手たちは確かに敵ではあるけれど、それ以上に、長年同じグラウンドに立ってきたよい仲間でありライバルなんだ)。
「何見てるの、まいろ?」
「まいろ、じゃない、まひろ! 友だちがくれた大事な御守り」
「御守り? この絵が?」
「サッカーの天使、って書いてある。なんか、いい絵だね」
「ほんと、いい感じ…って、あれ? ねえ、これ、
その一言で、周囲のいろいろな国の選手たちがわらわらと寄ってきた。口々に、ほんとだ! とか、え? マジ? 本物? とか言っている。うっそ、本物なの? だって、これ印刷じゃないよね? 紙に描いたDDの絵なんて初めて見た! どうやって手に入れたの? そんな矢継ぎ早の質問に、
「本物って、どういう意味? これは大事な友だちが描いてくれた大事な絵だよ」
と答えると、どう間違えたのか
「ええ? DDと友だち? ねえ、どんな人? 男? 女? 若いの?」
よけいに質問攻めに遭った。
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