第15話 本当の事件現場へ到着した

 そんな風にして、教室で、グラウンド横の藪の中で、ありあと、ずっと過ごしてきた。長期休み前最後の登校日、あの“事件”の日がやってくるまで。


 あの謎の2人、セイバー&シェイバー(お笑いコンビみたい(笑))に放り込まれた、前後左右もわからない謎の渦(?) の中で浮遊しながら、当時のことをすごい勢いで一気に思い出した。これって、あの、走馬灯現象ってやつ? あ、でもあれは死にそうな時に起きるって言われるから違うか、いや、今って、もしや生命の危機? なんてことを取りとめもなく考えていたら、意外なほど近くから、


「うーん、このへんかな?」

「そんなもんだろ。」

 というあの謎の2人の声が聞こえてきて、ずいぶん適当だなぁ、そう思った瞬間に体がふありと浮いて、次の瞬間、すとんと“落ちた”。落ちる、そう、まさにそんな感じ。そして気がついたら、あの時の自分の体になっていた。いや、なっていたというのは、正確じゃないかも。重なったというか、中に入ったというか、うーん、とにかく、今現在の自分の意識を持ったまま、あのときに、“いた”。思い出すのではない、今現在の実際の状況として、そのことを体感している。そんな感じ。

 どうしたのよ? 訝しげな顔でこちらの顔を覗き込みながら、手をつないでいた葉月が言った。別に、と何気ない風を装って応えたけれど、心臓はバクバク。眩暈がして座り込みそうになったけど、ぐっと踏ん張った。

 そうだ、もうすぐ、あの瞬間がやってくる。あのとき勇気が出せずに再びつなげなかった手を、今度こそつなぐ。あいつを裏切った過去を、やり直すんだ!


 そうしてドキドキくらくらしながら待っていると、記憶のとおり、ありあのいる行列が、こちらの行列に合流するべくやってきた。いつもは行列に入らずお母さんに送ってもらって登校していたありあだけれど、あの日は、お母さんに用があって無理ということで、集団登校の一員としてやって来たんだった。

 遠くからでも、行列が近づいてくるのはよくわかった。ありあが、大声で歌っているからだ。同じ行列のみんなは、ありあと微妙に距離をとっている。みんな手をつなぐはずなのに、誰もあいつと手をつないでいない。そう、記憶のとおりなら、この後あいつは―。


「あ、まひろだぁ! おはよぉ!」


 当時の出来事を思い出すより早く、こちらの姿を認めてありあが叫んだ。大声で名前を連呼し手を振っている。そして次の瞬間、列を飛び出して走ってきた。元いた列からは、戻りなさい! だめ! という叫び声がしていたが、当然あいつはお構い無し。あっという間にそばにやってくると、嬉しそうに、


「一緒だぁ、一緒だね、一緒に学校に行くんだぁねぇえ」

 と歌い出した。教室では話しかけない、ありあはずっとそれを守ってきたけど、ここは教室じゃない。話しかけてもいいと考えたんだろう。そして、葉月と繋いだのと反対側の手をがっちり掴んで歩き出した。意外なほどの力で強く引かれ、葉月と手が離れた。


「あ!」

 葉月の声がしたのがわかったけれど、すぐに意識はありあの手のほうへと移って行った。あの日の記憶のまま、温かく、優しい手。心の中に、オレンジ色の柔らかな光が宿る感じ。だけど、その感覚はすぐに、他の子たちの当惑の囁きや笑い声にかき消されていく。


「ちょっと、何あれ?」

「やだ、えんが…じゃなくて、え!」


 そうだ、何もかも記憶どおり。あの時の感情まで、蘇ってきた。

 みんなの嘲笑に晒されて温かな気持ちは一瞬で冷え、皆の視線から逃げ出したいという強い衝動がまざまざと蘇ってきた。だけど、今度は、絶対に間違えるわけにいかない。これから起こることに、断固として対処しなくては。

 これから起こること、それは、葉月。そう思った途端、


「ちょっと! やめてあげてよ! 嫌がってるのがわからないの?」


 これも記憶どおりの声がして、駆け寄ってきた葉月が、2人の手を強い力で引き剥がし、ありあは、驚いて固まった。


         ***


 当時の自分はどうしたか? そう、引き剥がした自分の手を掴んだままずんずん歩き去る葉月と一緒に、あいつを置き去りにした。あの好奇と嘲笑の中に。自分はあのとき、確かに、助かった、と思った。自分の心に嘘はつけない。


 終業式を終えた後、ありあとは会えなかった。もう帰った後だったんだ。それを聞いて、正直ほっとした。だって、どんな顔で会えばいいかわからなかったから。

 当時は、あの後もうずっと謝れなくて、というか、合わす顔がなくて、ありあのことを避け続け続けていた。謝らなくちゃと思いながら、合宿前に宿題を半分終わらせないと、とか、今は合宿間際で準備が忙しいから帰ってきてから、とか、もうすぐ新学期だからそのときにしよう、とか、ずるずると後延ばしにして。

 そうして新学期の日に告げられた、あいつは、終業式の日に遠くへ引っ越した、と。


 だから今度こそ! あの謎の2人に、こんなあり得ないようなチャンスをもらえたんだ。自分とあいつを引き離した葉月の手を振りほどいて、ありあとも一度手をつなぐ。それから、みんなに言うんだ、全然嫌じゃないと。ありあは、自分たちの誰よりすごい絵が描ける天才だと。

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