第12話 しょくざいの天使たち

 そのころのありあは、カエル以外にもいろいろな天使を描いていた。ある時からは、給食で出される食材の“天使”の絵がすごく増えた。牛や豚や鶏、そして魚。

 鶏は羽の上にさらに羽っていうかなり謎な構図になったし、魚はトビウオか? みたいな感じだったけど、でも、どの絵も優しく美しい。すごい才能だと思う。

 …これを知ったら、クラスの連中のありあを見る目も変わるかもと思ったけど、なんで知ってるの? 仲良しなの? お前も仲間か? そう言われるのが怖くて、どうしても言う勇気は出せなかった。


 給食で食べる食材の天使を描きはじめたのは、授業で農家の暮らし、というお話を聞いてからのことだった。そのときは、(おそらく初めて)ありあは真剣に話を聞いていた。そして、そうかぁ、元は生きていたんだねぇ、そうつぶやいたんだ。


 天使は、野菜にも広がって行った。きっかけは、教室内での小さないざこざ。

 クラスに、肉も魚も卵も乳製品も食べない子がいた。名前はあやちゃん。給食は食べないで、代りにお弁当を持ってきていた。おかずは野菜と果物、お肉みたいな何か(培養ミートとかいうらしい)。ある日の給食の時間、一お弁当を食べはじめたあやちゃんに、お前、アレルギーとかじゃないのに、なんで給食食べないんだよ、好き嫌いはダメなんだぞ! と言う子がいたんだけど、幼稚園のときからお友だちだった子が、好き嫌いじゃなくて、家族みんながお肉とかを食べないんだって、と説明した。そして、あやちゃんは得意げに言ったんだ。


「そうよ、肉も魚もみぃんな、元は生きていたの。その命を奪って食べるなんて、残酷だもん。そんなこと、私はしたくないわ!」


 そんなことを平気でしているあんたたちは残酷で、自分と自分の家族は優しい、良いことをしているの、と言いながら、同級生を見回した。あんたたちとは違うの。そんな感じ。そうなの? そうかも、そんな空気が教室の中に流れはじめたとき、ありあがいつもの調子で言った。


「でもぉ、あやちゃんはぁ、野菜は食べるよね? 果物もね?」

「そりゃあ、食べるわよ」

 お弁当箱の中身を指さして言うありあに、あやちゃんは、そうよ、それが何? と言わんばかりの口調で言う。


「植物は生きていてぇ、野菜も果物も植物でぇ、殺すのは残酷じゃあないの?」

「え?」

「植物を殺して食べるのはぁ、残酷じゃあなぁぁいの?」

「ざ、残酷じゃないわよ! 植物は痛いとか感じないもん」

「どうしてわかるの?」

「ど、どうして、って?」

「だってさあ、植物は生きてるけどしゃべれないし逃げれない。本当は殺されるの怖いのに、逃げることも助けを呼ぶこともできずに、いるのかもでしょ?」

「そんなことない! 痛がったり怖がったりするわけないわ!」

「だかぁらぁ、なんでわかるの? 殺されたくないって思ってないって?」


 そりゃもっともだ、と思った。あいつ自身は悪気なんてなく、ただ純粋に疑問を口にしただけだったんだけど、あやちゃんは言葉に詰まりだんだん涙目になって、


「どうしてそんな意地悪言うの!? 大嫌い!!」

 ついにはそう叫んで机に突っ伏して、わあっと叫ぶように泣き出してしまった。意地悪はやめなさいよ! 葉月がそう言ってありあを責めたけど、ありあはぽかんとしていた。

 意地悪? あれが意地悪? …とにかく、意味が分からないながらも、植物たちにも天使が必要だと思ったんだろうな。それで、キャベツ、キュウリ、ニンジン、ジャガイモ、あらゆる野菜の天使が生まれたんだけど。正直、そういう事情を知らない人が見たら、何だかわからない絵だったと思う。でもその絵はやっぱり美しく、一目で大好きになった。

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