第11話 こうもりと、“無垢な子どもたち”

 それからも時々、ありあは教室にやってきた。そして、いつも、最初の日と同じように振舞った。集中しているときは、気配をまったくと言っていいほど感じさせない、それほど、微動だにしない(けど、興味の対象は授業以外のこと)。だけど、それ以外のときは、常に動いている。座って体を揺すり、時々立ち上がってはうろうろする。独り言を言ったり、調子っぱずれの歌を歌いながら。

 興味があるものには何でも手を伸ばし、触り、匂いをかぐ。触られるのが嫌で、あいつが近づくと筆箱やノートを机の反対側に移動させる子もいた。匂いを嗅いでは何とも言えない変な顔をするんだけど、その表情やしぐさがおかしいと、いつもみんなの笑いの的。そんな様子を大げさな身振りで真似をして、笑いを取る男子もいる。けれど、あいつは一切気にしない。いや、気付いていない。


「変なの!」

「ほんと、頭だいじょうぶ?」

「だから、どんぐりなんだろ」

 ああそうか、という納得の頷き。そしてまた、くすくす笑い。


「そんなこと言ってはいけません! 相手の立場で考えましょう」

 自分がそんな風にされたら嫌でしょう? もも先生に言われて一時的に静まるけれど、すぐにまた囁きと嘲笑と、そして哀れみ。

 子どもは純真無垢だとか言うけれど、そんなのは嘘だ。大人と同じ悪意も、持ち合わせている。というか、包み隠すことが大人より下手な分、もっとたちが悪い。


 じきに、何かの拍子でありあと接触した子は、周囲の子から「えんがちょ!」と囃されるようになった。その子は、他の子に素早くタッチし自分も「えんがちょ!」と叫ぶ。ほら、どんぐり菌だぞ、感染うつるぞぉ、という声と、悲鳴のような笑い声。ばい菌扱いか、とそんなクラスメイトたちに憤りを覚えながら、一方で、ありあと親しいとばれたら自分もばい菌扱いされるんじゃないか、と恐れていたのも偽らざる気持ちで。だから、教室ではずっと目を合わさないようにして、避けるようになった。一度あいつがいつもの調子で声をかけてきたときには思わず廊下に飛び出してしまい、追いかけてきたあいつに、教室では声をかけるな、と、きつい口調で言ってしまった。


 ありあは一瞬ぽかんとし、それから、なんで? と聞いた。教室は勉強する場所だから、おしゃべりとかしないで集中したい、と答えた。苦しい言い訳。だけど、あいつはちょっと黙った後で、そっか、そうだねえ、わかったあと、いつもの調子で歌うように言って、あっさりと引き下がって離れていった。そして、それ以来、教室では話しかけたり近づいたりしてこなくなった。

 だけど、ありあと仲がいいと知られる恐れが減ったからといって、ありあを馬鹿にするクラスの連中と仲よくなりたいとも思えなかった。あいつとも、他のクラスメイトとも距離を置く自分は、童話に出てくるこうもりのよう。


         ***


「えんがちょなんて、言っちゃいけません! それは卑怯ないじめですよ!」


 ある日、ついにもも先生がそう言って怒った。みんなは一瞬静かになって、それからしばらくは、えんがちょは無くなった。けど、じきに「え!」という省略形を使って、同じようなことをやり始めた。たとえそのことで何か言われても、「え!」って言っただけだよ、と主張すれば、それ以上問題視されたりしない。ずる賢い、“無垢な子どもたち”。

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