第10話 普通学級の、ありあ
小学校に通いはじめて1ヵ月、担任のもも先生が言った。
「明日、どんぐり学級のお友だちが来て、一緒に授業を受けます。みんなと同じ1年生です。仲良くしてあげてね」
若くて可愛い、もも先生。先生は先生になって2年目です、でも、クラスを受け持つのは初めて、だから、皆さんと同じ1年生ですよって、最初の日にあいさつをした。本当は
どんぐり学級のお友だち。どんぐりの1年生は自分だけって、あいつが言ってたのを思い出す。だとすると、この“お友だち”はあいつのことだろう。教室に来て、一緒に勉強? 手助けは要るのかな? 普段の様子からは手助けなんて必要ないように思えるけど、でも母さんが言うように本当に手助けが必要なら、その時は絶対に助けようと心に誓った。
そして翌日。あいつが教室にやってきて、一緒に授業を受けた。というか、実際には授業にならなかったんだけど。
「白石 ありあくんです、今日、一緒にお勉強します。仲良くしましょうね」
先生に紹介される間、あいつはずっと体をそわそわと動かしていた。ありあって言うのか。その時初めて、会ってからそれまで名前を聞いていなかったこと、そして、自分も名乗っていなかったことに気が付いた。自分もだけど、あいつもたいがいぼんやりだよな。今度話をするとき、ちゃんと名前を言わなくちゃ。
そんなことを考えながら、ちらちらと視線を送ったけど、あいつは一向に気づかなかった。そして席に着くや否や、廊下側の窓ガラスを通して空を見続けていた。
『同じ雲は二度とないからぁ』
いつかのありあの声が蘇った。そうだ、教室で勉強している今この瞬間も、空には雲が流れている。二度とない形を常に変えながら。だから気になるんだろうな。そう思った。
だけど、そんなことを先生も他のクラスメイトも知らない。隣の席になった葉月は、何度もあいつの腕をつついて、何かをひそひそと言っている。ほら、ちゃんと前を向いて、先生のお話を聞いて。そんなところかな。おせっかいの、お姉ちゃんぶりの、優等生。
だけど、あいつは気にしない。ようやく空から視線を剥がしたと思ったら、今度は机の表面を見て固まってしまった。そのうちに口の中でぶつぶつ何かを言うようになり、そして、机の上を指でこすって匂いを嗅いだ後、鉛筆を持って机に直接、何かをガリガリと描きはじめた。いつものように、調子っぱずれの歌を歌いながら。最初はぽかんとしていたクラスの子たちの間に、くすくす笑いとひそひそ声の波が広がっていった。
「何だぁ、あいつ? 変な歌!」
「全然授業を聞かないじゃん。机に落書きなんかしちゃって。いいのかよ?」
「しかたないわよ、どんぐりの子だもの」
「勉強しないのに、なんで来たんだよ?」
「勉強しなくていいんだあ、じゃあ俺も、どんぐり組になる!」
お調子者の男子が言うと、マジ? やだあ、と、さらに忍び笑いが起きた。
「白石くん、ちゃんと前を向きましょう」
教室中がざわつきはじめ、ついにもも先生が注意をした。けど、あいつは聞いていない。先生も、一度注意しただけで、あとはもう何も言わなかった。
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