第9話 カエルの天使


 今度会ったら聞く、そう思っていたけれど、実際に会って話したりしているときはそんなことどうでもよくなって、結局その後ずっと、聞くのを忘れたままでいた。だって、あいつと話をするのは面白い。変な節をつけて歌うようにしゃべるけれど、その内容はためになることも多いし、考え方も、何て言うか、思いもよらないようなことを思いついてはこちらをびっくりさせてくる。

 いつだったか、あいつはおかしな絵を見せてきた。縦長の絵の上のほうに、羽を生やした金色のカエル? そのカエルの足元から絵の下のほうに向けずっと長く、オレンジと茶色の水玉模様の旗のようなものがたなびいていた。


「なにこれ、カエル? 何で羽があるの? この水玉は?」

 受け取ったスケッチブックをためすがめつ眺めながら訊くと、あいつはククッと笑った。そして手をぶんぶん振り回しながら言った。いや、歌った。


「天使、てんし、カエルのてぇんしぃ!」

「天使? あれって、人間に羽が生えているあれでしょ?」

 我ながらひどい表現だと思ったけど他に言いようが思いつかなくてそう言うと、さらに嬉しそうに喉の奥で笑って言った。


「それは、人間の天使。これはねぇぇ、カエルの天使なの!」

「カエルの天使、ねえ?」

「だってさあ」

 あいつは重大な秘密を打ち明けるような大真面目な顔になって、そして言った。


「天使は死んだ魂を天国に導くって、坂の上の教会の牧師さんが言ったよ。人間は天使が来たら天使だってわかるけど、でも人間じゃあない生き物だったら、天使だってわからないんじゃないかな? もしも人間にひどい目に遭わされて殺された生き物だったら、人間によく似た天使が来たら怖くて逃げ出しちゃうかもしれない」

「ああ、そうか、そうかも」

「ね、だから、死んだらその生き物の天使が迎えに行かなくちゃ。だから―」


 そうして絵の中の羽の生えたカエル(の天使)を指さし、それから粒々へ指を滑らせ、

「だぁから~、カエルの赤ちゃんのお迎えはカエルの天使、てぇんしぃ~!」

 と、いつもの調子に戻って歌うようにそう言った。ああこれ、この粒々はオタマジャクシとか、その前の段階の卵とかなのか。…いつかあいつに言ったことを思い出す。大人のカエルになれるのはほんの少しで、残りはみんな死んじゃうだろうって。これは、あの残りのみんなを救おうと描かれた絵なんだ。そのことが、なぜだかよくわかった。


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