第7話 小学生になるということ
春からは、小学校に通うことになっていた。これまで毎日サッカーにばかり打ち込んでいたから、部屋の中でずっと座って勉強するような機会がなかった。毎日、教室でずっとじっとして勉強する。できるかな? 勉強だって、理解できるかわからない。とても不安な気持ちがした。
「心配ないわよ。同じ時間に通うのは生活のリズムを身に着けるためだし、教室でみんなと一緒に過協調性を学ぶためよ。勉強の内容はちゃんと1人1人の理解度に合わせて個別プログラムが組まれるの。おばあちゃまの時代のように、勉強に物足りなさを感じたり、落ちこぼれたりする子が出たりするなんてことは、今はもう無いんだから」
母さんはそう言って、安心させるように優しく微笑んだ。
「…ねえ」
「なあに?」
「きょーちょうせいって、何?」
「え? ええとね、何て言うか、他の人と仲良くやっていく力? みんな一緒のときに自分勝手なことをしたらうまくいかないでしょ? 全体がうまくいくように全員が少しずつ我慢すると言うか、いえ、我慢と言うか、その…」
だんだんしどろもどろになる母さん。どうやら自分でもちゃんと理解していない? それなのに自分に正しく伝わるはずないな、と、早々に見切りをつけた。
「うーん、よくわからないけど、教室でみんなで過ごせばわかるかもかな?」
「そう! それよ、それそれ!」
ほっとした顔で、母さんが言った。…ま、いいか。とりあえず、集団登校で学校に行って、教室で集団で過ごす。これは確定事項だ。今、頭を悩ませてもしかたがない。それより今やるべきこと!
「サッカーの練習、してくるね」
「え? ああ、気を付けてね」
母さんの言葉を背に、玄関に置いてあったボールを抱えて外に出た。こんな生活とも、もうすぐお別れなんだなあ、と少ししんみりとした気分になりながら。
***
そのころから、家では学校の話題が多くなってきた。楽しみだな、なあ、真宙、って父さんはにこにこしながら聞くけど、わからない、と答えた。なんで楽しみって思うのか、まるでわからない。大人って、理解不能なことを言う。
「私が子どものころはクラスが1学年に2つはあったし、学区域もずっと小さかったわ。今は広いエリアから子どもをかき集めてようやく1クラス。学校も遠くなってたいへん…」
と母さんが悲しそうな声で言った。うちから学校までは、2キロ半くらい。6歳の子どもが1人で通うにはちょっとばかり遠いけど、でも、バスに乗るほどじゃない距離。だから、3年生までは集団登校することになっていた。
「あ! そうだ、葉月ちゃんも一緒よね」
母さんは、今度は嬉しそうな声でそう言った。斜め向かいの幼なじみ、昔は一緒に遊んだけど、葉月は幼稚園に行っているし、こっちはこっちでサッカーの練習が忙しいしで、最近は全然遊んでない。サッカーの練習のこと、そんなの意味あるの? それより幼稚園に行くべきじゃない? とか言うから、だんだん顔を合わせないようにしていったんだ。
別に葉月のことは嫌いとかじゃない。けど、また一緒かと思うと、正直、嬉しいより憂鬱が勝った。半年早く生まれたからって何かにつけて年上ぶるのも、自分のほうが背が5センチ高いって自慢してくるのも、うざかったし。
うーん、と生返事をしたら、母さん、あら嬉しくないの? と意外そうに言った。なんで嬉しいと思うのか? 大人って(以下略)
「だって、会うといっつもお姉ちゃんぶるし、口うるさいし」
「ああ、葉月ちゃんは、お兄ちゃんお姉ちゃんとだいぶ歳が離れているからねえ。年下の兄弟が欲しいんじゃないの?」
「だからって、同い年なのに人を勝手に年下扱いするのは―」
抗議しようとしたら、父さんが
「そうそう、葉月ちゃんのお姉ちゃん、ななちゃん? 今度中学生だって。口ぶりもすっかり大人びちゃって、びっくりしたよ。時が経つのは早いねえ」
と、暢気な口調で言った。母さんは、ななちゃんじゃなくて、
「真宙も、あっという間に中学生になっちゃうんだろうなあ」
父さんがしみじみと言う。小学校に入る前からこれだ、先が思いやられる。
うんざりしたう気持ちになったけど、ふと、昨日の練習の帰り道、あいつが自分もこの春から小学校、と同じ学校の名前を言ったのを思い出して、少し気分が浮上した。それに、小学生になればサッカークラブも正式メンバーになれるし、念願のユニフォーム(背番号も!)ももらえる。そう考えたら、1年生になるのが、少しだけ待ち遠しくなった。
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