第6話 Sense of Woner

 それからの数日間。練習から帰るとき、なぜか足はあの藪に向いた。今日こそはいないだろうと思うのに、絶対、あいつはいた。


「一体、いつもここで何してるんだ?」

「見てる」

 ここにそんなに見るものがあるのか、訝しむこちらの思いを察したのか、満面の笑顔で、みんな気付いてないけどぉ、たくさんある、すごいもの、たくさんたくさん、とまたも歌い出す。


「だってねぇ、1日見ないでいるだけでねぇ、種は芽に、芽は葉っぱになって、蕾ができて花になって、花になったら虫が来て、それから実がなるよぉ。変わる、毎日、どんどん変わる。池の卵もぉ、今日見たら長ぁく伸びて、伸びたとこ振って泳いでたし、雲だって、どんどんどんどん形が変わるんだぁ。同じ雲は二度とないからねぇ」


 だからずうっと見てなくちゃ、と言いながら広げたスケッチブックには、あいつが言う『すごい』もの―花や虫やオタマジャクシ、雲らしきもの―が、あるときはリアルに、あるときは何だかわからないぐしゃぐしゃの図形として描かれていた。

 あいつの絵は、誰にもちゃんと習ったことのない、絵。色使いもパースも、なにもかもがめちゃくちゃだ。だけど、どの絵にもほんのりオレンジ色が効いていて、柔らかで温かい。心にぽっと、小さい灯が点るような、そんな感じ。


         ***


 あのころ、練習中はずっと独りきりで誰とも口をきかなかったから、こんな風にあいつと話ができたことは自分にとって随分と良い効果があったのではないかと、今にして思う。本当にいろんな話をした。サッカーを始めたきっかけ、将来の夢、自分がチビだからと馬鹿にして相手にしないチームメイト(一応)のこと―。


 あの小さな四角い池のオタマジャクシの話もした。あれは、何もかもがまったくうまくいかなくてすっごく苛ついていた日で、あいつがいつものキラキラの目で、カエルの赤ちゃんたちねぇ、足が出てきて、手が出てきて、いつの間にか池からいなくなったねぇ、みんなどうしてるかなぁ、これからどうなるかなぁって嬉しそうに言うのがすごく気に障った。だから、わざと冷たい声で、ほとんど死んじゃったろうな、とこたえた。

 え? と目を見開いてこちらを見、それから珍しく黙り込むのを見たときは胸の奥がちくっとしたけど、でも嘘じゃない。無事にカエルになれたのは、あのときのたくさんのオタマジャクシのうちの、ほんの1、2匹のはずだ。嘘じゃない。

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