第24話 街中の学習洋品店で買い物をする私

 街には誘惑が多い。お祭りの時の様に何件もある訳では無いが、幾つかの露店が美味しそうな匂いをさせている。市場まで行くと野菜、果物、肉、お菓子、装飾品と何でも御座れで、ついつい色々と見て回りたくなる。しかし、今日はヴァルゴの為の買い物だ。……お土産にちょっとお菓子を買うくらいなら許されるかしらん。

 そんな事を思いつつ、先ずは目的の物だ。適当に目に付いたお菓子屋さんで買い物がてら訊いてみると、市場にはそう云う物は無いらしい。だが街の中にそう云う物を扱う店があるそうだ。私はお礼を云って、お土産のお菓子を抱えて一路その店を目指した。

 そこは古い店だった。ちょっと入り難い雰囲気を醸し出している。例えるなら小さな町の小さな古本屋だ。一般のお客さんに売る目的と云うより、希少本などを集めてマニアと取り引きするタイプの。

 店の前で深呼吸をしてから恐る恐る扉を開ける。すぐ脇にレジがあり、年老いた男性がそこに座っていた。レンズの小さい丸眼鏡をかけた頭部の寂しい人だった。鷲鼻が特徴的で、ちょっとゴブリンや子鬼の様な印象を与えてくる。

「おや、珍しい。こんな小さなお客さんが来るなんて」

 背丈的な意味では、あなたも随分小さいが。喉元まで出かかった言葉を飲み込み、ぺこりと頭を下げた。

「あの……板書用の板と白墨を探しているのですが……」

 遠慮がちに声をかけると、彼は一つ頷いた。

「お嬢さんが使うのかね」

 しゃがれた声で返って来る。

「いいえ、私の分はあるんです。同じ年頃の男の子が居て、彼の為に新しいのが欲しいんです」

「ふむ。じゃあ板拭きも要るね。それはおまけしてあげよう」

「良いんですか」

「その子が勉強を頑張れる様に、ね」

 少し怖い顔の老人はにこやかに笑った。それで漸く私も肩の力が抜ける。

「ありがとうございます」

「他に入用はあるかね」

「……ここは学習用品店なんですよね。子供向けの読み物は置いていますか」

 少し考えて訊いてみる。店内は物が乱雑に積まれていて、とてもじゃないが自分で目的の物は探せなさそうだった。

「本なんかは高価だからねえ……子供向けの写本も無い事は無いが、そう云うのはうちじゃ取り扱いが無いね。本屋にも無いと思うし、あっても高いと思うよ」

「そうですか……」

 確かに、村や孤児院での勉強も本を使った事は無かった。前世では当たり前にあった教科書と云う物が無いのだ。村では先生が黒板に書いた文字や数式を写して書き勉強していたし、孤児院では綴じていない羊皮紙を読んだり、写したり、年上の子が下の子に口頭で教えたりしていた。

 私があからさまにがっかりすると、老人は気の毒に思ったのか、畳まれた羊皮紙を数枚取り出して開いて見せた。それには絵が描かれており、文章も少し載っていた。

「これは……?」

「妻が生前描いた物だよ。裕福では無いから数は無いが、産まれた子供の為に作っていた読み物でね。もうその子供もすっかり大人になって、その子供ももう大人だ。更にその子の為にと思って置いといたんだが、一組だけ譲ってあげようか」

「そんな大切な物……」

「有効に使ってくれるだろう?」

「……お幾らですか」

 訊ねると、彼は小さく笑った。

「お金は要らないよ、これは売り物じゃあないからね。大事にしてくれればそれで良いよ」

「でも……」

 羊皮紙はA4くらいの大きさで、そこそこの値段がする筈だ。その両面に絵と文章が書かれていて、どうやら三枚あるらしい。売れば良い値が付くだろう。

 老人は私を眼鏡の奥からじっと静かに見詰めている。差し出された紙と彼の目を交互に見、私は決心した。

「ありがとうございます。必ず大事にします。……あの、私達暫くしたら孤児院に行くんです。そこで、みんなで読んでも構いませんか」

「ああ、勿論。こう云うのは、人に読まれてこそだからね」

「ありがとうございます」

 私は深々と頭を下げた。

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