第23話 改めて兄と二人っきりで話をする私

 翌朝、ヴァルゴの髪は思ったより良い値が付いた。纏まった量と長さだったし、生活が荒んでいたわりに傷みが少なかったからだ。この国の平均的な髪質より良いくらいだった様だ。

 家令が紹介してくれた業者に売り、得た金をヴァルゴに渡す。

「良い? ヴァルゴ。何かを手に入れる為にはお金が必要なの。もう少し常識を勉強して、領主様のお許しが出たら街に連れて行ってあげるから、そのお金で金銭感覚を身に着けようね」

 ヴァルゴが頷くのを見てから、私達はヴァルゴの朝食の為に食堂へ向かった。夕べよりは大分食器やテーブルマナーに慣れた様子のヴァルゴに、私は嬉しくなった。

 ヴァルゴの食事が終わったら、私達の食事……の前に、他の使用人が食べる。私達は待ち時間でヴァルゴに本を読ませる事にした。が、予想通りヴァルゴは文字が読めない。文字の読み書きが出来れば筆談が出来て、意思の疎通も楽になるのだが……。一先ず兄が読み聞かせる事にした。本をヴァルゴに見せながら、兄が文章を読み上げる。ただ、文字だらけの本だからか、ヴァルゴはあまり集中出来ていない様子だった。

 ちなみに、便宜上本、と云っているが正確には羊皮紙本で、しかも印刷技術の無いこの世界での本は写本、手書きで写した本だ。希少で高価であり、私達も二人で漸く一冊の本を持っているだけだった。

 私は幾つか必要な物があるな、と考える。朝食のあと、ヴァルゴを兄に任せて少し街に出かける事にした。

「お兄ちゃん、我儘云ってごめんね」

 食事中は、ヴァルゴを部屋で待たせている。貴重な兄妹二人の時間だった。

 私が突然謝った事に、兄は心底吃驚したと云う様な顔をして見せる。

「お兄ちゃんの気持ち、全然考えて来なかったなって、夕べ思ったの。私兵になったのも、ヴァルゴの面倒を看るのも、ぜーんぶ私の我儘。お兄ちゃんにはもっと他の道もあったのに」

 そう云うと、兄は小さく笑った。

「お前もそう云う事を考えるんだな」

「何よう、私には人の心が無いとでも思ってるの」

「そうじゃないよ。でも、お前を守る為に私兵になるって決めたのも、ヴァルゴの世話を看るお前を手伝いたいって思ったのも、俺の意思だよ。裁判所で俺が云った事、覚えているだろ」

「不幸は幸福に寄って打ち消されるべきってやつ?」

 私が訊くと、兄は神妙な顔をして頷いた。

「そう。俺は心底そう思ってる。だから、村を襲われて盗賊に攫われたヴァルゴにも、チャンスがあるべきだと、それは本当にそう思ってるんだ。だから、お前を手伝う事にした」

 それに、と兄がちょっと口篭もる。

「それに……何?」

「……弟が欲しかったんだ。お前も可愛いけど、弟が居たら一緒に狩りに行ったり、色々出来るだろうなって思ってた」

 今度は私が驚く番だった。

「孤児院に入って、兄弟姉妹が増えたみたいで楽しかった。でも、みんなでみんなの面倒を看るんじゃなくて、もっと個人的な……太い繋がりのある弟が欲しいと余計に思う様になったんだ。だから、ヴァルゴは俺にとって弟みたいな存在になったら良いなって思ってる。村の仇だけど……そんな風に思わないで済む様になりたいんだ」

「お兄ちゃん……」

 そんな風に思っていたなんて、知らなかった。私は、もっと兄と話をするべきだと思った。食事の時間くらいしか二人きりの時間は取れないけれどその時間を大事にしようと思った。

「俺、孤児院を出る歳になったら、この町で仕事を探そうと思ってる。そしてお前らが成人して孤児院を出るまで待って、そしたら一緒に暮らしたい」

 お前は?と訊かれて、私はすぐさま頷いた。

「勿論! ……待っててくれるの」

「当たり前だろ」

「良かった」

 思わず頬が緩んだ。

 それから私は街に買い物に行って来る事を伝え、兄はまた本を読んで聞かせてみる、と云った。

 私が街で買おうと思っているのは、黒板的な物とチョークっぽい物だ。これらはヴァルゴに文字を書いて覚えさせる為の物だ。それから簡単な計算も覚えてもらいたいから、数字を書いたり式を書いたりさせたい。孤児院でそう云った物を使っていたから、街で探せばある筈だ。

 食事が終わり、私はヴァルゴに顔を見せ、買い物に行って来るからね、と云い置いて、家令に報告し、街に向かった。

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