第22話 ヴァルゴと兄の髪を切ってあげる私

 諸々の手続きがあったので、ヴァルゴを連れて領主の邸宅へ戻ったのは夕食の時間も近くなった頃だった。今日から私と兄、そしてヴァルゴは、私兵の宿舎では無く母屋で過ごす事になる。兄とヴァルゴで一室、私個人に一室、小さいが私室が与えられるのだ。

 ヴァルゴに部屋で待つ様に云いつけて、私と兄は私兵の宿舎へ向かった。これまでお世話になった礼と、暫くヴァルゴと領主邸で過ごしたのち再び孤児院に入る事を伝える為だ。

 みんな食堂に集まってカードゲームをしたり酒を飲んだりして過ごしていたので、そこで礼とヴァルゴの件を伝えた。皆驚いた様子で、大丈夫なのかと問うてきたが、私も兄も頷いて応えた。暫くは皆心配そうにでもだのけどだの云っていたが、主に私の決意が固いと知ると、頑張れよ、と激励してくれた。

 そして代表してアースさんが渡したい物がある、と云うので兄と顔を見合わせてからアースさんに向き直る。すると渡されたのは布袋で、手に置かれた瞬間ずしりと重く、中からは金属の擦れる音が聞こえた。慌てて中を覗くと、やはり硬貨が何十枚も入っている。

 兄とまた顔を見合わせてからアースさんを見、それからみんなを見回す。みんな笑顔で、何人かは親指を立てて見せていた。

「俺達からの餞別だ。役立ててくれ」

「ありがとうございます」

 兄と揃って、深々と頭を下げた。

 それから宿舎の部屋を片付けて、荷物を邸宅の方で与えられた個室に移す。そして三人揃って食堂へと向かった。そろそろ領主の食事が済んだ頃だろう。私と兄は雇われているだけだし、ヴァルゴは預かっている子供に過ぎない。当然領主と共に食事をする事は無く、領主のあとに漸く食事にありつけるのだ。

 食堂に入ると家令、つまり使用人の中で一番偉い人が待っていた。私達は使用人としては下っ端なので、先ず家令から様々な事を教わらねばならない。しかし今日はもう時間が無いので、今は最低限だけを聞く事になる。

 まず私と兄の食事は一番最後。ヴァルゴは預かっている身なので、領主一家の次に食事を摂る。風呂も領主一家の次にヴァルゴ、私達は一番最後。朝は私達が一番早く起き、本来なら家の事をしなければならない。が、私達はあくまでヴァルゴの世話役なので、家事全般は免除される。その代わりナイフやフォークも使えないヴァルゴに、付きっ切りでその面倒を看なくてはならない。

 今日の所は、食事の見本を見せる為に私達もヴァルゴと一緒に食べる事になった。キッチンから私と兄で三人分の食事を運び、フォークやスプーンの持ち方をヴァルゴに教えながら食べる。勿論テーブルマナーも教えながらだ。

 ヴァルゴはいつも手掴みだったらしく酷く苦戦していて、フォークで刺してナイフで切る、などと云う、特に両手で同時に違う動作をするのが苦手な様だった。しかし頭は悪くない様で、マナー自体は何とか覚えていた。これなら人前で食事を出来る日も近い。

 風呂に入れるのは流石に私がする訳にはいかないので兄に任せた。その代わり、風呂に入る前に私が長く伸びたヴァルゴの髪を切ってやる事になった。本当はプロの美容師に任せた方が勿論良いのだが、まだヴァルゴを外に連れて行く訳にはいかない。領主が許さないだろう。貴族でも無いのに家に呼び付ける訳にもいかない。なに、私は前世で中学の時からセルフで散髪していたんだ、大丈夫大丈夫。それに現世でも家族の散髪は私の仕事だった。田舎の小さな村に美容師など居ないからだ。

 脱衣所に新聞などを敷いてその中央に椅子を置き、ヴァルゴを座らせる。大きな布でヴァルゴの首から下をすっぽり覆うと、ちょっと首元が苦しそうな仕草を見せたが我慢してもらった。そして使用人が使う事があるからとこの家にあった散髪用の鋏を借りて装備する。

「ヴァルゴ、思い切り切っちゃっても良い? 長い方が似合うかな」

 ヴァルゴは戸惑っている。盗賊になる前や盗賊時代はどうしていたのだろう。裁判所での話によると、数年前に彼の村が襲われそこで抵抗した際にギフテッドだと知られ、そのまま誘拐されたと云う事だった。それを覚えていると云う事は、ここ数年の事だろう。もしかしたら盗賊時代は一度も切った事が無いのかもしれない。それより前は物心つく前だったかもしれない。

 盗賊が許せなかった。気を抜くとその場の空気が絶対零度まで到達しそうな気分だった。

 ふるふると首を左右に振って気持ちを切り替える。

「私はね、取り敢えず前髪はばっさり切った方が良いと思うの。ヴァルゴは目が綺麗なグリーンだし。顔立ちも悪くないからね」

 今は伸びた前髪を適当に左右に分けているだけだった。しょっちゅうその長い前髪が顔の前に落ちて来て、その顔を隠してしまっていた。

 良い?と問うと、ヴァルゴはこっくりと頷く。と云う訳でまず前髪をやっつける事にした。しゃきしゃきと鋏を入れていく。迷うと失敗するので、なるべくさっさと切っていく。

 傷みの少ない髪がわっさりと床に落ちて、漸くヴァルゴの顔がちゃんと見える様になった。前髪は眉下が一番変に見えない。と思う。素人が切る分にはね。

 鏡を見せると、ヴァルゴは気に入った様子だった。

「後ろはどうしようか。流石に今の引き摺る様な長さのままって訳にはいかないんだけど、長い方が良い?」

 そう問うと、ヴァルゴは首を左右に振った。短くても良い、と云う事だ。

「じゃあ、肩くらい……お兄ちゃん、シリウスと同じくらいの長さで良い?」

 兄の髪は最近忙しくてちゃんと切ってなかったので、少し長い肩くらいだった。このあとついでに切る予定だ。私の髪も切ってしまおうと思ったが、自分で切らずにメイドの誰かに切ってもらえと云われたので後日頼むつもり。前は母に切ってもらってたしね。

 ヴァルゴは暫く兄の髪型を眺めたのち、頷いた。ので大胆に鋏を入れていく。

「そうそう、髪はかつらを作るのに売れるんだけど、ヴァルゴ、この髪どうする? 綺麗だから結構良い値が付くと思うよ。ちょっとしたお小遣いにはなると思うけど」

 そうしたらお金の使い方の勉強も出来る。一度鋏を止めて問うと、ヴァルゴは頷いた。売って良い、と云う事だろう。あとでしっかり集めねば。

 再び鋏を入れて、髪型を仕上げる。肩に触れるか触れないかの長さで、ユニセックスな感じの髪型に仕上がった。男の子ならもう少し短くても良いのだろうけれど、ヴァルゴは少し長いくらいが似合う気がする。

 ヴァルゴの髪を片付け袋にしまってから、兄の髪を切って、兄にヴァルゴの風呂を任せ、私は髪を売る為家令に相談に行った。

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