第20話 ヴァルゴの今後について提案する私

 翌日、起きるともう普段朝食を食べている時間だった。朝の訓練!と思って飛び起きるけれど、そう云えば今日は一日休みなのだった。気付いてほっとする。と云うかそれ以前に、私と兄にはもう訓練は必要無いのでは。

 身支度を整えて部屋を出た所で、隣の部屋を使っている兄とばったり会った。

「お前も寝坊か」

「お兄ちゃんこそ」

 くすくすと笑い合う。それから食堂へ向かった。

 何事も無く午前中を過ごし、昼を迎え、また食堂に向かう。食事を摂っているとアースさんが入って来た。難しい顔をしている。そして私と兄の側まで来ると、

「食いながらで良い、聞いてくれ」

 と云って兄の隣へと腰を下ろした。

 思わず兄と顔を見合わせて、それから改めてアースさんの方を見る。

「ヴァルゴについてだが、領主様が預かるか孤児院預かりになるかで揉めている。裁判はせずに判事とかが話し合って成人するまで……と云っても正確な年齢を本人も知らないから、見た感じでスフィアと同じ歳だろうと判断したんだが、領主様か孤児院の院長が保護者になる方向で話が進んでいる。ただ、どちらが良いか裁判所も判断しかねていてな……情操教育の為には孤児院が良いだろう、しかし盗賊上がりだからな、抑止力になる俺達が居る領主の元の方が良いんじゃないかって意見もあるんだ」

 それをどうして私達に話すのだろう。不思議に思いながら、アースさんの話を聞く。

「お前達はどう思う」

 振られて、兄と顔を見合わせる。

「どうして俺達に訊くんです」

「子供の意見を聞きたいってのと、被害者感情を知りたいってのが半々かな」

 また兄と顔を見合わせる。

 私はどちらかと云うと孤児院派だが、一体いつから盗賊に育てられたかも分からない子供を、人殺しをさせられていた子供を、そのまま孤児院で受け入れて大丈夫だろうか。喋れないと云うし、こちらの云う事は理解していたから恐らく失声症だろう。他の子供達とのコミュニケーションにも支障が出るだろうし……。

「病院では受け入れられないんですか」

 アースさんに問いかけると、彼は少し驚いた様な顔をした。

「どうして病院が出て来る」

「心身のケアが必要だと思うからです」

「しん……しん?」

「心と体です。ヴァルゴが喋れないのはもしかしたら心身症かもしれませんし……盗賊に育てられて恐らくまともな教育も受けていません。何より人殺しをさせられていたんですから、特に心のケアは重要だと思います」

「しんしんしょう、ってのが良く分からんが……病院は怪我を治すところだ。喋れないだのはどうしようも無い。受け入れ態勢が無い」

 はっとした。そうだ、ここは中世に近い世界なのだ。心身症だの精神障害だのと云う概念が先ず無いのだ。私が居た世界の私が居た時代では精神医学は当たり前になりつつあったが、ここにはそれが無い。

 愕然とした。精神障害は悪魔憑きと云われていた様な時代と同じ様な世界の病院に、ヴァルゴを受け入れられる筈が無い。

「でしたら……私がヴァルゴの面倒を看ます」

「スフィア!」

 兄が凄い剣幕で私を振り返る。

「ヴァルゴには理解者が必要だよ。私は同じ年頃だし、同じギフテッドだから、きっとそうなれる」

「でも……」

「何かあったら、お兄ちゃんが守ってくれるんでしょ」

「お前なあ……」

 私が譲るつもりが無いと分かったのか、兄は渋々折れてくれた。

「ですから孤児院に連れて帰りたいです。ですが、ギフテッドとしての力を無暗に使ってはいけない事だとか、一般常識を教える必要があります。それまでの間、私達をここに置いて貰えないでしょうか。ヴァルゴの世話をここで看させてもらえないでしょうか」

「ふむ……では食事が済んだら領主様の所へ行こう。さ、早く食え」

 私と兄は、更に残っていたパンとサラダを慌ててかき込んだ。

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