第19話 最後なのかもしれない夜を過ごす私
「チッ、小型ナイフを隠してやがったか。あいつを捕縛したのは誰だ、ちゃんとチェックしろっていつも口を酸っぱくして云ってるってのに!」
アースさんが舌打ちをして、腰に下げた剣に手をやる。兄は既に剣を抜いていた。
「おっと、動くなよ。動いたらこの嬢ちゃんの綺麗な顔に傷が付くぜ」
それで済めば良いけどなあ、と、下卑た声が耳元でして不愉快だ。
じりじりと私ごと後退するのは、私がさっき頭目だと判断した男だった。
私は男に気付かれない様に頭上に大きな氷の塊を生成する。ひんやり漂う冷気に男が気付いて上を向いた瞬間、私より頭一つ分高い位置にある男の頭に、がん、とぶつけてやった。
「がっ……」
男がよろめいて私から手を離す。その瞬間、アースさんが男の首元に剣を突き付け、兄が私を抱き締めていた。
「無駄な足掻きは止すんだな」
アースさんに凄まれ、男は諦めた様に膝を付いた。そして小型ナイフを没収され改めて縄に縛られる。
私達は縄で一連となった盗賊達を引き連れて、町の、所謂警察署の様な所に向かった。
そこで公的兵力の皆さんに盗賊達とヴァルゴを預け、あとは裁判を行ってもらう。必要があれば私達も証人として呼ばれたり、事情聴取を受けたりするそうだ。特に私と兄は村を焼かれたと云う立場から、呼ばれる可能性が高いだろうと云う事だった。
それでも、一段落したのだ。そう思うと体中から力が抜けた。けれど町中で座り込む訳にもいかない。私と兄は気力を振り絞って領主の邸宅へ戻り、報告を隊長のアースさんに任せて、風呂にも入らずベッドに沈み込んだ。
辛うじて装備は解いたが、何もする気力が無い。空腹ではあったし、そろそろ夕食の時間だが、どうにも体が動かせなかった。
次第にうとうとし始めて……夢を、見た。
両親が少し心配そうな顔をしている。
大丈夫だよ、私もお兄ちゃんも、大丈夫だよ。
両親の姿が遠くなる。
待って、話したい事が沢山あるの。
両親は待ってくれない。段々と遠くなって――はっと目を開く。部屋の天井が見えて、私は泣いていた。
そこに、こんこんこん、とノックの音が聞こえて来る。私は涙を擦って拭うと、はい、と応えた。
ドアを開けたのは使用人の一人だった。
「食事の用意が出来ております」
「ありがとうございます」
私は部屋を出て食堂へ向かった。中に入ると、私以外の全員が既に揃っていた。食事がいつもより大分豪勢で驚く。いつもの席、兄の隣に腰を下ろしながら、
「どうしたの、これ。凄い料理」
と訊くと、兄が笑って、
「盗賊の討伐祝いだよ」
と答えが返って来た。成程。
隊長のアースさんが乾杯の音頭を取る。ビールっぽいお酒の入った木製のジョッキを手に、椅子から立ち上がる。
「みんな、良く頑張ってくれた。特に潜入してくれたケレスとトーラス、そして人質に取られても冷静に立ち回ったスフィア、三人の功績はでかい」
ケレスさんとトーラスさんは、仲間に小突かれている。私は兄と笑い合った。
「今日は無礼講だ。みんな、存分に飲んで、食べて、騒げ! 乾杯!」
「乾杯!」
皆が声を揃えてジョッキを持ち上げる。私と兄はオレンジに似た果実のジュースで乾杯を唱えた。
その日は深夜まで宴が続き、私と兄も夜更かしをして付き合った。大分眠くて頭がぐらぐらしたけれど、契約は一応、盗賊を捕まえるまで、と云う話だったから、これがみんなと過ごす最後の夜になるかもしれないと思うと、名残惜しかったのだ。
私としては、せめて子供達の無事を確認するまで、ここに置いて欲しいのだが。
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