第18話 盗賊の頭領に人質にされてしまう私

 その日の午前中、私と兄は休養を云い渡された。けれど何もしないのも落ち着かない。ただ、力を温存する為だと云われては我儘を云う訳にもいかず、私と兄は宿舎の掃除をする事で不安を拭う事にした。

 普段宿舎を綺麗に保ってくれている使用人の人達に最初は止められたが、頼み込んで掃除をさせて貰う。もしかしたら、今日が私達がここで過ごす最後になるかもしれないと云えば、彼らも強くは反対してこなかった。

 宿舎中をぴかぴかにしている内に午前中が過ぎた。他の私兵達も午前中は休養に当てていたらしく、中には昼食だと呼びに行くまで寝ていた人も居た。午後は装備品の最終点検と作戦の通達。そして移動に費やされた。

 奴らの塒は意外と町からそう遠くない場所にあった。人工的に掘った様に見える半地下の洞窟の様な場所が、そうだった。アースさんによると昔は村があった場所で、所謂防空壕の様な物ではないかと云う話だった。確かに、家の基礎の様な物がすっかり劣化してぽつりぽつりとある。

 近くまで来たところで側の森に入りなるべく気配を殺して塒に近付いた。居るだろう見張りから身を隠す為だ。塒から二十メートル程の森の縁で、私達は様子を窺う。

 陽が沈みかけ、町ではそろそろ明かりが灯る頃合いだ。半地下の穴倉の中ならもうとっくに明かりを点けていてもおかしくない。作戦は失敗したのだろうか。ケレスさんとトーラスさんは無事なのか。

 胸の前で手を組み、目を閉じて祈る。どうか、どうか、ギフテッドがこちらに寝返ってくれています様に。それなら火を灯すのを待って行動するのだから、丁度そろそろ頃合いの筈――。

「煙だ!」

 隊一目の良いリオさんが云う。その言葉にはっとして目を開けると、確かに塒から灰色の煙が出て来ていた。その煙から逃げる様に人がまろび出て来る。私は慌てて氷塊を作り、足を狙って飛ばした。

「進めーッ!」

 アースさんの号令に、私と兄以外が馬を駆って森を飛び出す。私は誤射しない様に、必死に盗賊の足を狙った。この距離なら人の判別が付くから、うっかりケレスさんやトーラスさんに当てる事も無いだろう。

「ウワーッ!?」

「何だお前ら!?」

「くそっ! ヴァルゴの奴めえ!」

 盗賊達の叫ぶ声が聞こえる。ヴァルゴと云うのは、もしかしてギフテッドの名前なのだろうか。いや、今は余所に気を散らしている場合ではない。集中、集中。

 そうしている内に、馬を降りた兵達が盗賊を次々に捕縛していく。慣れているのだな、と思った。体感十分程だろうか。外に出て来た盗賊達は皆縛り上げられ、最後に塒の中からケレスさんとトーラスさん、そして二人に間を挟まれた黒髪の長い少年が姿を現した。

 アースさんがこちらに向かって手を振る。安全だ、の合図だ。私達は馬に乗って小走りでみんなの元へ向かった。

 馬から降り、アースさんの元へ向かう。ケレスさんとトーラスさん、そして少年も側に居た。

「スフィア、ご苦労だった。おかげでこっちは怪我人ゼロ、逃した盗賊もゼロだ」

 髪をぐしゃぐしゃと混ぜっ返す様に頭を撫でられる。何だか照れ臭い。

「隊長、こいつがギフテッドでヴァルゴといいます。どうやら口を利かないのではなく、口を利けないらしいです」

「でも、こっちの云う事はちゃんと分かってますよ。お前を助けてやるって云ったら、協力してくれました」

 ケレスさん、トーラスさんの順で云う。私は兄の影からそっとヴァルゴの様子を見た。薄汚れた姿で服も襤褸を纏っている様な状態だ。あまり良い扱いでは無かった様に見える。他の盗賊達はもう少し良い物を着ているし、頭目らしき今もまだ悪態を吐いている人は随分身綺麗にしている。差は明らかだった。

 私は兄の影から出て、ヴァルゴの顔を覗き込んだ。

「私はスフィア。こっちは兄のシリウスだよ。私もギフテッドなんだ。仲良くしてね」

 手を差し出す。兄が何か云おうとしたが、それを視線で制した。

 ヴァルゴはどうして良いか分からない様子で、長い髪の隙間から私を見た。

「握手。知らない? 手を握り合うんだよ」

 そう云うと、ヴァルゴは自分の手を見て、着ている襤褸で掌を拭い、それから怖ず怖ずと手を差し出してくれた。ぎゅっと握る。

 兄も一歩前に出て、私と同じく手を差し出すと、ヴァルゴは今度は淀み無く握手に応えた。

「シリウスだ。宜しく」

 ヴァルゴはこくりと頷く。

「隊長。ヴァルゴの扱いはどうなるんです」

 背の高いアースさんを見上げて問うと、彼は難しい顔をして顎を擦った。

「そうだなあ、まず事情を聞いて……と云っても喋れないんじゃ苦労するが、どう云う経緯で盗賊になって、これまで何をしたかにもよるが、歳も歳だ、死刑とまではいかんだろう。こちらに協力してくれた事を考えれば、情状酌量もあるかもしれん」

 ほっと胸を撫でおろす。

「良かったね、ヴァルゴ」

「うおおおおおおおッ」

 後ろから雄叫びが上がった。驚いて振り返る間も無く私の首に誰かの太い腕が回る。

「スフィア!」

 兄が切羽詰まって叫ぶ。

 私の顔に、小さな鋭いナイフが突き付けられた。

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