第17話 作戦決行までを訓練でやり過ごす私

 結局、三日かけて盗賊のギフテッドを説得する事になった。成功しても失敗しても、三日後には盗賊の塒を襲撃する。あまり時間をかけては説得そのものが盗賊にばれてしまうからだ。幸いと云うべきか彼は喋れない様だから、簡単には伝わらないだろうけれど。

 ギフテッドがこちらに寝返れば、制圧は簡単だ。ケレスさんとトーラスさんの報告によればもう盗賊の元に子供達は居ないらしいから、中でケレスさんとトーラスさんに火を点けて煙を焚いてもらい、逃げて来た盗賊達を私の氷で足止めして、あとは私兵のみんなが捕まえてくれる。抵抗されれば……殺す事も厭わないと云う話だが、仕方無いだろう。

 ギフテッドがこちらに寝返らなければ、少し難しくなる。ただ、ギフテッドは炎使いと云う点以外はただの子供らしいので、火さえなければ何とかなる筈だ。ケレスさんとトーラスさんの報告で、私の予想通りギフテッドは火を『使うだけ』だと云う事が分かっている。何故なら夜、松明や焚火の火を点けるのは下っ端の仕事で、ギフテッドにやらせないのかとそれとなく訊いたところ、「あいつは火を使える『だけ』なんだよ」と、小馬鹿にした様に云っていたらしい。

 だから、寝返らなかった場合、ケレスさんとトーラスさんで出来得る限り盗賊を無力化して、頃合いを見計らって隊長達が突入、私が外に出て来た敵を足止め、と云う流れになった。

 どちらにせよ、なるべく殺さない事が方針となった。情報を引き出す為だ。彼らのやった事がやった事だから、その後死刑にはなるだろうけれど。それは正当な裁判が行われた結果そうなるだろうと云う話で、私兵には抵抗されない限り勝手に罪人を殺す権利は無いのだ。

 襲撃は夕刻、火を灯す直前と云う事になった。なるべく暗く、しかし火の無い時間帯を狙っての事だ。その時間は盗賊も油断している時間でもある。私達はその時間に塒から二十メートル程の距離で馬上にて待機するのだ。そして煙が上がるか、塒の中が騒がしくなった頃を見計らって隊長達が突撃する。そう云う流れだった。少し行き当たりばったりな感は否めないが、中世くらいの文化と科学と技術のこの世界なら妥当なところだろうと思う。

 じりじりと時間が過ぎて行く。私達はせめてもと、訓練の手を緩める事はせずに三日を過ごした。

 私兵のみんなは訓練は勿論していたが、殆どの時間をケレスさんとトーラスさんから得た情報を元に売られた子供達を追跡する事に使っていた。公的兵力と協力して、全ての子供が人買いに連れられ王都へと向かっている事が分かった。王都までの距離を考えると、馬車でおよそ一ヶ月、二十八日はかかるそうだ。どれだけ遅くてももう王都入りしているだろう。

 馬車は確か一日五十キロ程度の移動が限度だと聞いた事があるから、およそ千四百キロの距離だ。大体直線で北海道から熊本くらいの距離の筈である。遠いな王都。

 今から追いかけても追いつけはしないが、連絡だけなら大急ぎで七日、つまり一週間程度で行ける距離らしい。急ぎで王都の公的兵力に連絡をし、人買いを捕まえてもらい、子供達を助ける事が出来るかもしれないと云う。私と兄はそれを聞いてほっとした。人買いは重罪だ。盗賊討伐に一ヶ月もかけて軍行はしてくれなくても、人買いを捕まえ子供達の保護はしてくれるだろう。

 だが、その結果が分かるのは早くて二週間後、子供達の保護に時間がかかるだろうから実際には一ヶ月後とかだろう。私達は盗賊の討伐に集中し、全力を注ぐ事を改めて誓った。

 三日後の朝、私はやけに早く目が覚めてしまった。朝食前の訓練よりもずっと早くにだ。だが再び眠る事も出来ず、ベッドから起き出すと私は身支度を整え部屋をあとにした。訓練場に行くと流石にまだ誰も居らず、私は脇に植えられた木の側で芝生の上に座った。

 二週間と少しの訓練を思い出す。胸がどきどきしていた。恐怖と、少しの武者震い。お母さん、お父さん、私とお兄ちゃんで仇を取るからね。

 幼い頃、前世の記憶から頓珍漢な事ばかりを云っていた私を、疎まずに育ててくれた両親。仲間外れなんかにせず遊んでくれた村の子供達。笑って見守ってくれた村の大人達。

 きっとみんなが見守っていてくれる。だから大丈夫。きっと大丈夫。

 自分に云い聞かせていて、すぐ後ろに気配を感じるまで気付かなかった。人影が私を覆って、驚いて振り返る。兄だった。

「お前も眠れなかったのか」

 そう云って隣に座る。

「早くに目が覚めて……何だか落ち着かなくて」

「そうか」

 今日だもんな、そう云って兄は遠くを眺めた。私も一緒になって遠くを見る。

「お前は俺が守るからな」

 兄が、あれ以来呪文の様に云い続けていた言葉をまた口にした。

「……お兄ちゃん自身の事も、ちゃんと守ってよ」

 あれ以来ずっと思っていた事を漸く口に出来た。

 兄は少し驚いた顔で私を見ると、困った様に微笑した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る