第9話 自分に出来る事は無いかと考える私
日が暮れつつあった。これ以上孤児院へ戻らないのはまずい。食事の用意があるし、先に戻った子まで一緒に叱られてしまう。
私はユラナスさんに別れを告げると孤児院への道を急いだ。孤児院は町の外れの丘の上にある。ここからは少し遠い。呑気に歩いていては食事の用意どころか食事にすら間に合わないかもしれない。
走って、走って、何とか日が暮れ切る前に孤児院に着いた。既に食事の準備が始まっていて、私は他の子達に謝りながら手伝いに入る。包丁で野菜を刻みながら、別れ際ユラナスさんが云った言葉を思い出していた。
『君の憂いを何とか出来ないか、上司を通してだけど領主様にお願いしてみるよ』
そんな事をしてユラナスさんの立場が悪くならないだろうか。私の心配を伝えると、ユラナスさんは苦笑して、三度目の『大人みたいだ』を云った。慌てる私の頭を大きな手が撫でてくれた。
『子供はそんな心配しなくて良いんだよ』
父の手を思い出した私は、また涙が滲んだ。
「どうしたの」
他の子に心配され、玉葱に似た野菜の所為にして誤魔化した。
食事のあと、片付けを終えて兄を外に呼び出し、ユラナスさんと話した事を伝えた。兄は難しい顔をして腕を組み、うーんと唸った。
「俺も盗賊は何とかしたいけど、現実問題難しいよ。ユラナスさんの云う通り、お前に危険な事をさせる訳にはいかないし」
「でも……、」
「母さんと約束したんだ。スフィアを守るって」
云い募ろうとする私を遮って兄が云う。恐らく死んだだろう母の言葉を引き合いに出されては、それ以上何も云えなかった。……村人達は焼けてしまったので、本当に母と父が死んでしまったかは確認のしようも無いのだけど。期待してはいけない。現時点で名乗り出ていないのだから、きっと……。
「父さんだって、お前が危ない事をするのを望まないよ。気持ちは分かるけど、大人達に任せよう。きっと何とかしてくれる」
大人達がきっと何とかしてくれる。本当にそうだろうか。もう一ヶ月も経つのに彼らは殆ど何も出来ていない。それを思うと、むかむかとしてギフトが発動しそうになる。私は深呼吸をして、努めて平静を保とうとした。
「大人が何もしてくれないから、私に何とか出来ないかと考えているの。お兄ちゃんは悔しくないの? 私は悔しいよ。私にはギフトがあるのに。同じギフテッドが村を燃やしたのに何も出来ないなんて」
今度は兄が何も言えなくなる番だった。ぐっと言葉に詰まり俯いて、拳を握り締めている。それを見てはっとした。両親が殺されているのだ。故郷が焼かれているのだ。友人も隣人も、全てが蹂躙されているのだ。悔しくない筈が無かった。
さあっと夜風が吹く。それをきっかけに兄の体からふっと力が抜けて、兄の手が私の頭をそっと撫でた。
「それでもだ。お前を危険な目には遭わせられない。分かってくれよ」
「……うん」
泣きそうになるのを堪えながら小さく頷いた。
そろそろ夜のお祈りの時間だ。教会に行かねば。
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