第7話 何も出来ず一月も手を拱いている私

 孤児院での一日一日は忙しかった。自分達の食事は自分達で作り、年上の子は年下の子の世話をして、朝晩と教会内でお祈りをし、院の庭にある家庭菜園の手入れをし、日中は文字や計算と云った基礎的な勉強をし、八歳以上の子は内職もしていた。時々聖職者がやって来て様子を見たり、勉強を教えたりする以外、基本的に干渉はされないが手伝いもしてもらえない。殆ど孤児達は自立した生活をしていた。

 しかしそれは好都合でもあった。やる事を済ませれば監視も無く自由と云う事だ。私は空いた時間に人目につかない場所で力の訓練をした。幸い道具は要らない。

 まず思ったのは、凍らせた水分を自由に出来ないかと云う事だった。空気中の水分を小さな氷の礫にしては、それを浮かせたり飛ばしたり出来ないかと四苦八苦した。念じたり、擦ったり、舐めてみたり。そうしている内に浮かせる事が出来る様になった。漸く、ふよふよと頼り無さげに氷の礫が浮いた時は歓喜した。けれどすぐに現実を思い出して落ち込んだ。たったこれだけ出来る様になる為に、私は何日費やした?

 けれど、コツを掴んだ様でそこからは早かった。人目を避けていたので派手な事は出来なかったが、掌に収まるくらいの氷の粒を一度に二十個程作って浮かせる事が出来る様になったのだ。あとはもっと大きな礫を瞬時に作って、一個一個を自由に動かせる様になって、勢い良く頭にでもぶつけられたら。……ぶつけられたら? 死んでしまう。

 盗賊を壊滅させたいと云う思いは変わっていない。けれどそれは、殺すと云う事なのだろうか。私に人を殺せるのだろうか。そして、死んで終わりにしてしまって良いのだろうか。

 ぐるぐると考えから抜け出せなくなって、私はそれ以上、ギフトの特訓をするのをやめてしまった。

 その内に日が経って、私と兄がこの孤児院に来て一ヶ月となった。

 この世界は一年が十三ヶ月で、一ヶ月が二十八日間だった。幼い頃は不慣れで感覚が滅茶苦茶だったが、今ではすっかり慣れたものだ。

「もうすぐ五月の春祭りだな。町ではかなり盛大に祝うらしいぞ」

 兄が、街中を歩きながらそう云った。今日は買い出しを任されている。と云っても二人で教会の孤児全員分の買い物をするのではなく、市場で発注をしてあとでお店の人に孤児院まで届けてもらうのだが。支払いは先払いだ。

 春祭りは五月の中頃に行われる。雪解けを祝い、これからの豊作を願う祭りだ。私達の村でも行われた。……もう、その村も無いのだが。

 あれ以来、盗賊が出たと云う話は聞かなかった。私達の村の生き残りはそれぞれ近隣の村や、中にはこの町で職を得て暮らしている人も居る様だった。領主が支援をしてくれたと云う話を聞いている。討伐出来ない代わりとでも云うのだろうか。その金で兵を雇って盗賊を何とかしてくれれば良いのに。

 氷の礫をぶつける以外に何か良い手段は無いか、と最近の私は考えていた。一つ思い付いたのが、盗賊が寝ている間に塒の温度を下げに下げて凍えさせ、動きが鈍っている隙に捕まえる、と云うものだった。しかし下手を打てば凍死させてしまうし、凍死しない程の気温でどれだけ動きが鈍るかも分からない。それに、捕まえる人手が要るし、その人達がきちんと対冷装備を整え体を温めておかねば、一緒になって動けなくなってしまう。私一人で取れる手段ではないし、だったら睡眠ガスで以てでも眠らせる方が現実的な気がする。……この世界の科学力でそれが出来るかは分からないが。

 結局、領主とその兵に頼るしかない。彼らでは戦力が足りない。私一人では何も出来ない。私も、領主と一緒で手を拱いている事しか出来ないのだった。

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