第4話 無事に町へ着いてほっとした兄と私

 兄と二人、森の中を歩いた。少し歩けば道に出る辺りだったが、敢えて道には出ずに足元の悪い中を歩いた。夜盗に見付からない為だ。私達の村を盗り尽したら、もしかしたら近隣の村や町に行くかもしれない。奴らは馬に乗っていたから、その場合森ではなく道を使うだろう。そう判断しての事だった。

 私達が目指しているのは村の隣にある、この辺りでは一番大きな町で、領主もそこに住んでいる。

 幾ら森を歩いているとは云え子供の足で一日かかると云う点から、この辺りの村や町がどれだけ離れているかが分かってもらえると思う。もしかしたら、先に逃げた大人の誰かが同じ様に考えて、もう町に助けを求めているかもしれない。流石に生き残ったのが私達だけと云う事は無いだろう。小さな村とは云え、家の数だって十や二十じゃないのだ。夜盗の数はぱっと見た感じ精々二十と云う所だった。村人の半分……は云い過ぎだとしても、全く無事で無いとは思えなかった。……私達の両親だって、逃げた方向が違うだけで、別の村に助けを乞うている最中かもしれないのだ。

 私たちが町を目指しているのは逃げた方角的にまだ近かったからと、夜盗がやって来た方角とは反対に逃げたかったからだ。そして兄が家の手伝いで何度か行っていて土地勘があるのと、それと他の小さな村に助けを求めても戦力が無いからだ。

 領主の居る町であれば、多少だが兵力が見込める。町の入り口なんかも兵が詰めているそうで、似たり寄ったりの農村に助けを求めるよりはずっと賢い選択だと私と兄は思っていた。

 私達の村にも自警団の様なものはあったけれど、きちんと訓練を受けていた訳でも無い。抵抗はしていたけれど、恐らく勝てはしなかっただろう。

 ああ、かえすがえすも、私の力であいつらをどうにか出来ていたら。

「スフィア、少し休憩しよう」

 兄に声をかけられ、はっと我に返った。陽は高く昇り、私達は少し汗ばんでいた。今日は随分と暖かい。普段だったら、母と薪を拾いつつ野草でも集めたり、畑の周りで遊んでいる陽気だ。そう思うと、鼻の奥がつんとした。

 兄と少し奥に行き、小川の水を飲み野草を食んだ。私は前世も田舎に住んでいて山菜採りを良くしたので、食べられる野草には詳しかった。気候が前世と似ているからか植物の見た目や毒の有無なども前世と良く似ていた。ただ、キノコは詳しくないし、有毒と無毒の見分けが難しく、また生食は危険なので今回は手を出さなかった。飢えを凌ぐなら野草で充分だ。

「秋なら木の実が沢山生っているのにな」

 生食出来る葉を食むばかりだったのでつい愚痴が零れた。生食出来る、と云うだけで、殆どの植物は生で食べても美味しくないし、何ならアクやら何やらで苦かったりもする。春先のこの時期は、柔らかな新芽など茹でたり天ぷらにすると美味しく頂ける物は多いが、そのまま食べるには不向きな物ばかりだった。

「仕方無いな。町で何か食べ物を貰えると良いんだけど」

 兄も不満があったのだろう、苦笑しながら云った。

 私達は殆ど水で空腹を満たすとまた道の近くを歩き始めた。もう少し暑い時期なら私の力で空気中の水分を氷に変え、舐めて水分を補給する事も出来るが、今の時期にそれをやると体が冷え過ぎてしまう。夜になると自然と体温を奪われるのだから、それをやるのは愚策だ。

 その後も私達は脱水症状にならない様に小川の水を飲み、野草を食んで空腹を紛らわせて森を進んだ。時折野生動物が立てる音に夜盗の追手かそれとも冬眠明けの熊かと恐怖しながら。

 陽が沈みかけ、カラスに似た鳥がアァ!と不気味に鳴く頃、私達は漸く森を出た。町のすぐ側までやって来たのだ。私も兄も土塗れで、お揃いの綺麗な金髪はぐちゃぐちゃ、擦り傷切り傷だらけのとても酷い格好だった。

 そんな子供が突然森から出て来て、門番はさぞ吃驚しただろう。町の入口へ向かう私達に気付くと、一人が駆け寄って来てどうしたのかと問うて来た。

「村が、夜盗に襲われて。両親が逃がしてくれたんです」

 息も絶え絶えに兄が云う。村の名前を伝えると、駆け寄って来てくれた門番がもう一人の門番に大声で指示を出し、私達を詰所の中へと連れて行ってくれた。そして暖かいスープを飲ませてもらったところで、私は疲れと緊張からの解放によって眠ってしまったのだった。

 ああ、スープをもう一杯と思ったのに。

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