第1話 闇の中で謎の声に話しかけられた私

 気付くと闇の中だった。

 事故の記憶はある。だが、体のどこも痛くなくて、私は病院に居て治療も全部終わるまでずっと意識不明だったのかな、えっじゃあもう二十歳過ぎてるじゃん!

 あわあわしていると、近くにぼっと明かりが灯った。驚いてそちらを見遣る。松明か何かの様に見えるそれが、空中にぽつんとあるのだ。

 私はその光景にあんぐりと口を開き間抜けな面を晒した。

 えっ何? ここお化け屋敷? 夜の病院だと思ったけれどいやそれも充分にホラーだけれど、え? ここはどこ?

 ――づき、

 不意に声が聞こえた。女性の声だ。一瞬母かと思った。

 ――はづき。

 それは確かに私の名を呼んでいる。けれど、母の声ではない様だった。

 ――可哀想な葉月。お前には二つの選択肢をやろう。

 偉そうな物云い。けれどその声は慈愛に満ちていて、何だか安心する。

「選択肢って?」

 思わず声に出して訊いていた。

 ――選択肢。一つは、このままあの世へ行き、正式な手続きを踏んで元の世界での転生を待つ。

 ああ、私やっぱり死んだんだ。何故かすとんとその事実が胸に落ちて来て、納得してしまう。だって私がぶつかったのトラックだったし。そりゃあね、死にますよ。幾ら急ブレーキかけてくれたって、間に合わないってもんですよ。

 ――選択肢。一つは、力を得て、どこか別の世界へすぐに転生する。

 あの世の手続きって確か随分と長かった筈だ。日本のあの世は裁判に二年も使い、先ず地獄に落ちるのに長い事かかった気がする。更に何百年と刑を受けなくてはいけなかったと思う。

 私の好きな漫画でそんな事を云っていた。

 地獄に落ちる程悪い事をした覚えは無いが、虫を殺すだけでも罪は罪。幼い頃に虫を虐殺した記憶がほんの少しある私は、地獄行きかも知れない。

 だったらすぐに別の世界へ転生する方が良い様に思えた。

 だが、何も分からず別の世界へなんて、博打が過ぎる。

「力って? 別の世界って何?」

 ――力とは、お前の世界で云う超能力、の様なもの。別の世界は別の世界だ。

 ひゅう、ファンタジー! 思わず口笛を吹きそうになって、流石にやめた。声の主に、ふざけるなと怒られそうで怖かった。

 しかしこれ、力によっては人生イージーモードも夢じゃないのでは?

「どんな力なの? サイコキネシスとか、パイロキネシスとか?」

 ――お前が、死ぬ間際に強く思った事に起因する。

 私死ぬ前に何思ったっけ? 何か凄くくだらない事だった気がする。これはあまり期待出来そうに無いな。けれど、地獄行きの恐怖よりは、やはりすぐに転生の方が良い気がする。

「別の世界って、私の居た世界とは随分違うの?」

 ――それは私の管轄ではない。

 ふーむ行先不明ときたもんだ。

 まさか原始の世界とかじゃあないだろうな。ちょっと怖くなってきたぞ。

 ――どうする。

 ええー急かされてるう。何? すぐに決めなきゃいけないの?

「ちょ、ちょっと待って」

 ――質問はあと一つ。

 えっえっ、待って、いっぱい訊きたい事があるのに!

「……記憶は。この記憶は、どうなるの」

 ――元の世界へ転生するなら魂を雪ぐ為、全て忘れる。別の世界へ転生するなら魂を雪ぐ間が無い為、全て忘れない。

「別の世界へ転生するわ」

 私は、母の事を忘れたくなかった。兄と父は……まあ、ついでに覚えておいてあげても良い。それから、高校生の頃飼っていたハムスターのジャン、趣味の手芸の知識、これまで読んだ面白い漫画、観た映画やアニメ、プレイしたゲーム、友達と馬鹿やった記憶。全部全部、持って行きたかった。

 ――承知した。

 目の前に浮かんでいた明かりがかき消え、それを最後に声は聞こえなくなった。

 何の説明も無いんだが? 私はこれからどうしたら良いのかしらん。

 困っていると、遠くの方に針で刺した様な穴が、否光だろうか、白く見える。私はふらりと立ち上がり(この時私は座っていた事に初めて気が付いた)その白い点を目指して歩き出した。

 次第にそれが光だと分かる程まで近付き、少し苦しくなる。私は必死に光に向かって、手を伸ばし――薄暗い中、産まれた。

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