お題:神社(土方歳三&近藤勇)
明日、ここを発つ。目指すは、京。
旅立ちの前日、歳三は神社に行こうと思い立った。
これから待ち受ける多くの試練と活躍を想像すると、胸の奥に熱いものが沸き立ち、今にも飛び出してしまいそうな気持ちになる。ただ、ここを離れる前に、もう一度あの神社に行っておこうと思った。
決して大きな神社ではないが、鳥居の周りを囲むように木が立っており、森のようになっている。幼い頃、歳三はこの木に登ってよく遊んだ。薬箱を背負ったまま登った時もあれば、出稽古前の早朝にやって来て、こっそり登った時もあった。
あの頃は、木の上から見渡す景色を、まるでこの世の全てのように感じていた。
優しい手触りの幹をそっと撫でてから、歳三は木に足を掛けた。
村の様子は然程変わっていないというのに、今いる場所がとても小さく感じる。
自分は、ここでくすぶっているような人間ではない。もっと遠くへ、もっと活躍できる場所へ。武士になるために、ついに明日旅立つのだ。
桜の木々には蕾が隠れるように身を丸め、開く日を今か今かと待ちわびている。この村に桜が満ちる頃には、我々は京にいるだろう。
村の様子を懐かしむように眺めながら、歳三はこの風景を心の中に深く刻み込んだ。
「歳!」
「勇さん」
吠えるように名を呼ばれ、歳三が見下ろすと近藤勇が立っていた。眩しそうに目を細め、こちらを見上げながら手を挙げている。向けられた手のひらは大きくて厚い。
「こんなところにいたのか」
勇は何か面白いものでも見たかのように、くっくっと笑っている。何笑ってんだ、と歳三が眉間に皺を寄せると、人懐っこい笑顔を見せた。
「お前がそこに登っているのを久々に見たと思ってな」
そう言って、勇は遠くの空を見つめた。
「いよいよだな」
「ああ」
二人はそれ以上、会話を続けることはしなかった。
俺たちが次ここに戻って来る時には、立派な武士になっていよう。
そう互いの意志を確かめるように、沈黙が二人を抱きしめていた。
【あとがき】
この当時、二人は三十歳手前のアラサーでした。
とはいえ、土方さんはまだ新選組副長ではなく、石田散薬の行商をしながら剣術稽古に励んでいた頃。なので、昔を思い出しながら木登りをするという、ちょっとヤンチャなシーンを入れてみました。
この神社のシーンは私の想像で作り上げたものですが、「鳥居の周りを囲むように木が立っており……」という描写は「とうかん森」をイメージしました。
新選組の前身である浪士組の出発が、文久三年二月(一八六三年三月)とあったので、桜の蕾の描写を入れました。
浪士組は板橋宿から江戸を出て、中山道を進んで行きますが、この五年後、板橋宿で近藤さんは斬首されることとなります。
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