歴創ワンライ作品集

みたか

お題:緑(河鍋暁斎&ジョサイア・コンドル)

 右足を上げたところで、「あっ」と小さな声が出た。動きを止めて足元をよく見ると、水溜まりでぴちゃぴちゃと遊んでいる蛙がいた。

 そいつを手のひらで掬って、道端の草むらにそっと置いてやる。こんなところにいたら、いつか人間に踏まれてしまうだろう。

 共に歩いていたコンデルくんが、後ろから不思議そうに覗きこんだのを感じたが、私の手元を見て、ああ、と納得したように頷いた。

 この弟子には、説明など必要ない。私がどれだけこの生き物に惹かれ、夢中になっているかを知っているのだ。

 葉っぱの緑と土の色を混ぜたような蛙の背中は、この世のどの緑よりも美しく感じる。色彩に一番など無いとは思うが、この小さな生き物の緑には、どうも昔から惹かれるものがある。

 しゃがれた声で鳴く度に膨らむ腹と、ぺたぺたとくっつく小さな足。その足は、落ちぬように、飛ばされぬようにと精一杯広げられている。小さな紅葉のようなそれは、愛しい赤子の手を見ているような気持ちになった。

 道の端っこでしゃがんでいる二人の大人を見て、道行く人々は妙に思うだろう。しかし、そんなことはどうでも良かった。

 蛙の姿形は、もうすっかり手に馴染んでいる。観察などしなくても、どのような姿も描くことができる。

 それでも、この生き物をじっと見つめずにはいられない。

 ぽつ、ぽつ、と、また雨が降り始める。

 漸く腰を上げた私に、コンデルくんは優しい笑みを見せた。



※ジョサイア・コンドルの名前表記を『河鍋暁斎絵日記』に合わせ、「コンデル」としました。


【あとがき】

 鹿鳴館や三菱一号館などを設計した建築家のジョサイア・コンドルは、幕末から明治にかけて活躍した浮世絵師・河鍋暁斎に師事し、日本画を学んでいました。

 河鍋暁斎は幼少期から蛙を好んで描いており、お墓も蛙の形をしているほどです。

 蛙という生き物は、暁斎の目にはどのように映っていたんだろうと考えながら、穏やかな時間を過ごす二人を想像して書きました。


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