第3話 グレーヘアー

大音量のアラーム音によって起こされて一日は始まる。



できることならあともう少し寝ていたい…、二度寝をして昼まで寝てしまいたい。うっかり止めたまま布団にもぐろうとしていたが、今日の予定を思い出す。

先日、髪の生え際の色が気になってきたから美容院を予約したのだった。まだアラームが鳴ってから5分しかたっていない。朝食を食べて、着替えて、メイクして…まだ予約時間まで充分に時間に余裕がある。



「昨日買ったベーグルと~」



最近ベーグルにはまっていて、パン屋さんやスーパーなど見つけるたびに色々な味に挑戦している。今手に持っているのはプレーンのベーグル。そのままでもおいしそうだが、時間があるので卵やベーコンを挟むことにした。


フライパンでベーコンをジュウジュウ炒めながらブラックペっパーを少々。ベーコンに火が通ってきたら卵を落として少し待つ。目玉焼きは半熟派なのであっという間に出来上がり。先に切っていたベーグルに挟み込む。

そして、朝からコーヒーが飲みたい気分になりインスタントコーヒーをさらさらとお気に入りのマグカップに入れてお湯を注ぐ。通常のマグカップより1.5倍くらい入るのでがぶがぶ飲めるところが気に入っている。



「ペッパーが、、うまい、、、

粒マスタードとか入れても絶対おいしいな…」



しみじみ一人でつぶやく。社会人になってから、実家を出て一人暮らしをしている。話し相手がいないためぶつぶつ言うのが癖になっている。唯一のルームメイトはエアープランツのランちゃん。たまに水を上げれはいのでとても燃費のいい子である。




もくもくと食事をし、出かける準備を始める。

もともとメイクはそんなに得意じゃないので10分もあればささっと終わる。問題は服装なのだ。ファッションが好きということもありなかなか決まらない。



「今日の天気は…晴れのち曇りか。気温は20度」





5月の半が過ぎ、暑すぎず寒すぎず。日中はとても過ごしやすい季節になった。

昼間であれば上着は着なくても過ごせそうだ。久しぶりに薄手のブラウスでもいいし、シャツワンピースを羽織ってもいいかもしれない。デニムパンツか、白いパンツもさわやかでいい。靴もスニーカーもいいが、バレーシューズに透け感のあるソックスもかわいい。着たい服がたくさん浮かぶが体は一つしかない。



鏡で服を合わせながらこの前寒くてまだ早いとあきらめたワンピースを思い出す。

薄手の綿素材のゆったりとしたエスニック柄のワンピース。紫系の色味で、普段選ばない色を挑戦したいと思って買った一枚。薄いので下にクリーム色のリブレギンスを重ね履きした。バックはオリーブ色の巾着風バック。携帯と財布、と小物が少ししか入らないサイズだが、休日ならばこのくらいでいい。




その日着たい服をきて出かける。



休日に一番大事にしていること。職業柄、職場では着る服の指定があるため自分の好きな服を毎日着ることができないのが現実だ。普段着ることができない分、オフを楽しみにしている。




姿見の前で確認してから車のキーを持って部屋をでる。通勤は車なので運転も入社当初よりもうまくなった。免許を取ったばかりで夜間練習したときは、感覚がつかめなくてカーブがうまく曲がれず、電柱すれすれに曲がって親に怒られたのが懐かしい。

















「こんにちは~」



「こんにちは!せりちゃん、ちょっとそこに座って待っててもらえますか?」



「はーい」


いつも担当してくれている山内さんがカウンター奥から顔をだしていた。

どうやら別のお客様の途中のようだ。通い始めてしばらくたつが、客足が途絶えることがあまりないためこのあたりでは人気の美容院らしい。







「お待たせしております。お先に席にご案内しますね」



「おねがいします~」



「貴重品はこちらにお願いします」





携帯と財布を小さいバックに移して、席に案内してもらう。木で縁取られたアンティーク調の大きな鏡に、柔らかいレザーのこげ茶の椅子。ここのインテリアがかわいくて、見ているだけでも楽しい。住みたい。





「よかったら雑誌、読んでください」



「ありがとうございます!」



かわいらしい小柄な女性スタッフの方に、ビニールのカバーをかけてもらいカラーリングの準備はばっちりの状態になった。

鏡前の小さな棚の上に置かれた雑誌に目を向ける。毎度のことなのだが、基本的にしたい髪型やヘアカラーがあって予約はしていないのでお店についてから考えるため雑誌があると大変助かる。

短く切るのも気になるが、髪質の関係で広がりやすい。…長さは変えずに色味だけ少し変えてもらおうか考えながらページをめくった。




「すみません!お待たせしました!!

今日はヘアカラーとカットで予約だったと思うんですけど、どうしますか?」



「色は、ちょっと変えたくて…

透明感ある感じにしたいです!長さは毛先だけ切って軽くしたいです」




「透明感…

アッシュ系でいってみますか?」



「はい!

その他はおススメで大丈夫です!そんなに明るすぎたり、暗くならなければ!」



「かしこまりました!

じゃあ色が抜けた時にこのくらいの色味になるように染めていいですか?」



「オッケーです!!!」




「お薬作ってきますね!」





いつも元気な山内さんが眩しい。毎回からっとした話調子で仕事や、恋愛相談を聞いてくれているので山内さんとの心の距離はとても近い。…と思いたい。





「お待たせしました。早速ですが塗り始めます!」





ヘアカラー用の調合も終わって、いつの間にか戻ってきて来たようだった。

いつもこのヘアカラーの塗り始めたタイミングからおしゃべりがスタートする。




「最近どうですか?

お仕事とか忙しいですか?」



「大きい波は終わった感じですかね…

母の日が終わって、次は父の日に夏が待っております…」



「ひゃー

じゃあまだこれからも忙しいですね。確かにプレゼント買ったりしますもんね~」



「あとですね、この前話した彼は終わりました」



「え!」


「振られましたよ~

思いっきり女の影チラ見せしてたくせに最後言葉の刺し傷までくらいました…」



「女の影って!なんですか!」



「プリクラとかファンデーションとか…?」


「おぅふ…

なんてこと…それは影みえまくっますね」


「つまらないっていわれちゃいました…

いやむしろ私のおもろい部分を出せないお前がつまらんのじゃ!って感じなんですけど。気を使いすぎちゃって守りに入り過ぎました」


「そ、そうですね…

せりちゃんはどちらかというと面白いほうの女の子だと思うよ…」





喜ぶべきなのか微妙なフォローをしてもらいながら、カラーを終えてシャンプー台へ移動した。




「シャンプー変わらせていただきますね」



柔らかいテノールの優しい男性の声がした。



「はーい」




優しく頭皮をマッサージしながらカラー材を落としていく。全体をやさしくつつみこみながら泡を立てて洗っていく。いろんな美容師さんにシャンプーをしてもらったことがあるが一番気持ちいいかもしれない…




「かゆいとこととか、気になるところありますか?」


「だ、大丈夫です」




めっちゃくちゃいい…

よ、よだれだして寝ちゃいそうなくらい素晴らしい…




「お疲れさまでした。椅子、動かします」



倒していた椅子を上げて、目元を隠していたものをはずしてくれた。

横にいたのは若いお兄さんだった。




「席、ご案内します。

足元気を付けてくださいね」




さりげなく段差を気遣ってくれる一言もいってくれるだなんて…

将来有望な少年だこと!!!!

心の中でそんなことをつぶやきながら先ほどまで使用していた席まで案内してもらう。



「山内さん、戻ってくるまで先に髪の毛乾かしますね」



「お願いします!」



ドライヤー片手に髪の毛を触りながら乾かし始めた。髪の毛を引っ張らないようにやさしくすいてくれているのが伝わる。



「あの、お兄さん。

きれーな銀髪ですね」



「ありがとうございます。友達が練習台に染めたいって言われて頭かしたらこの色になりました」





シャンプーをするところでは薄暗くてあまり分からなかったが、明るいところにくると少しくすんだグレー色の髪をしていた。細身な草食系っぽいお兄さんにとても似合っていた。



髪色の話から髪の相談などしていたら山内が戻ってきたため、若い少年は別のお客さんのもとへ行ってしまった。











「今日もありがとうございました!またお待ちしています!」




「いい感じに染めていただいてありがとうございました!また来ます~」





薄いラベンダーグレーの色に染まった髪が風にさらりとゆれる。トリートメントのおかげなのかつやつやで軽くなり、気分はウキウキだ。

せっかくならどこか買い物をしてから帰りたい気分になり、近くの駅ビルで夏服を見てからかえることにした。











山内はお店をあとにするせりを見送ったのち、店内に戻った。

今日話したこと、使ったカラー材や色味など忘れないように顧客ノートにメモを始めた。次回来てくれた時に対応できるようにいつも書くようにしている。





「山内さ~ん、今日もあの方かわいかったですね…」



「ん?

ああ、せりちゃん?」



「実は毎回楽しみにしてるんですよ!

お洒落さんだし!!」



「確かに、お洒落さんだね!

いい子なんだけど男運があんまりないのがもったいないのよねぇ…」





山内はため息をつきながら過去のメモを読み返す。カラーやカットをしながら話したお客の中で一番といっていいくらい男の見る目がない。もっといい人がいるだろうにと思いながら話をしているのを思い出した。




「佐藤くんみたいな人だったらいいんだろうね…」







つぶやきながらお店の顧客ノートに、アシスタントの欄に佐藤の文字を書きたして閉じた。



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となりのコーヒーお兄さん はな @kappi2020

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