3
剣の振り方なんて知らない。
オレは三刀流ではないし、逆刃刀の使い手でもない。
ただの思春期の高校生。
『GYAOOOO』
誇張なしの恐怖が、総身を包んでいる。
勇者になんてなれない。
どうしても、自分が大層な運命を背負ってるなんて思えなかった。
「オレはね、ただ漠然と『何者かになりたい』って衝動を腹に抱えてるだけの、オマエと同じ高校生だ」
大きく息を吐く。
静かな決意と、激しい恐怖が相反して胸を狂わす。
動悸が激しい。カウントダウン。
「どうしようもない現実を前にして、縋りたい……支えてもらいたい、それがオマエにとっての魔法で、誰かが中二病を罹患する理由だろ?」
だから、オレを形成する飛翔系漫画のキャラ達……オレに力をくれ。
一子相伝や戦国時代の暗殺剣。悪魔が如き能力だったり戦闘力だったり……はたまたギャルのパンティーだったり……とにかく、心の支えが必要なんだ。
弱い心と向き合うために、好きなもので補強するんだな。
「でも、オマエに巣食うそれは、まやかしでしかない。錆び付いた理想だ」
『GYAOOO!!』
「茉梨は魔法から何を学んだ!? オレは富・名声・力、友情努力勝利・奴隷・差別・仲間・悪党・仁義・性癖Etc.――オレは海賊漫画で教わったぞ!」
自分でも何を叫んでいるかわからない。
ただがむしゃらに、恐怖に負けないように吼えていた。
「ほんとにどうかしてる……なんでオレは、こんなアホくさいことに命かけてるんだ!?」
唇を引き結び、なるべく茉梨に届くことを願って大声で叫ぶ。
「でも、オマエと授業受けたりとか、遊んだりとか! 青春っぽいこと考えたら、悪くないって思ったんだよ!」
その時点で、オレの負けだ。
全力を尽くさないわけにはいかない。熱病に冒されたみたいに、それしか考えられなくなる。オレは思春期だ。死ぬ気で青春過ごしたいんだ!
「異世界なんかに行かせるか!」
『GYAAAAAA!!』
「声がこえーんだよ!」
剣を腰だめに構えて、地を蹴る。
魔法陣が現出し、光線を射出する。パーティーライトめいた奇怪さで、世界を焦がす熱量を持つレーザーが体の傍を擦過していく。
うおおおお掠った! くそ、なんだってこんなことしてんだよ、オレ!!
ヤケになって剣を振るう。
剣がレーザーに触れると、光の粒子をまき散らしながら魔力を霧散させた。水流を遮るのに似ている。剣で無理矢理作った隙間に体を滑り混ませて、茉梨に接近する。
『GYAUUUUUUUUUOOOO!!』
異形の猿声を咆哮する。
「く、押し戻される……!」
茉梨の声に呼応して、魔力が強くなった。
地面に剣を突き立てて、レーザーを遮る。
柄に添えた手を全力で握りしめながら、嵐を耐えるように懸命に瞳を絞った。
「まずぃ、耐えきれない――!」
「勇者様、これを!」
ひゅんひゅんと、空中で旋回する小瓶が視界の端に移った。
放物線を描き「いてえ!」瓶はオレの頭部に直撃。
パリン、と割れると、中身の粘着質な液体が滴った。
「嫌がらせか!」
「ああ、申し訳ありません! 腹を切ってお詫びします! ……ああああ申し訳ありません! 斬る刃物が勇者様の手元にあります!」
「返せって言うの!? やだよ! 状況が見えませんかァー!?」
と、キレていると、体力が戻っていく感覚があった(矛盾)
消耗してるはずなのに……?
「ポーションです!」
「ああ道理でね、臭いわけですよ!」
薬品特有の刺激臭が顔を中心に蔓延している。
と、拮抗する力に嫌気が差したのか、暴れ回るだけだったレーザーが指向性を持った。魔王の思惟に反応して、オレを狙わんと鎌首を擡げる。
くそ、まずい……!
剣の腹を蹴り下げ、サーフボードのように飛び乗った。レーザーの上を滑り、崩れそうなバランスを整えながら線の間をくぐり抜けていく。
「ぼ、ボクの剣を踏み台にしたァ!?」
そこ、援護できないなら口閉じてろ!
『GYUUAAAA!!!』
「く、あっ!」弾かれた。まずい、理性がない攻撃とばかり思っていたが、次第に学習し始めている。剣が手元を離れて、オレと魔王と間の地点で転げ落ちた。
空中で身を翻し、上手く着地するが、進路方向を妨害されて蹈鞴を踏んだ。
「勇者様!」と、オレの前方に躍り出て、橘……さんがバリアのようなものを張った。(リスペクト値が微妙に増加)
今のうちに剣を! 脚を前に出し、レーザーの死角を縫う。
――と、隙間から見えた、茉梨の顔が一瞬崩れた。
背筋を伝う悪寒に従い、スライディング気味に体を滑らせた。
ちょうど、さっきまでオレが居た空間を、漆黒の光がえぐり取っていく。
慄然と震える、なんだ、この不気味な周到さは。誘い込まれた?
高鳴る心臓に急かされ、転げ回りながら剣をつかみ取った。
「勇者様、お手を貸してくださると光栄です!」
「橘さん敬語段々砕けていってるの自覚してる!?」
――あれ、詰んだ?
駆け出した瞬間、漠然と絶望を感じた。
突然、魔力の波が変化する。
渦を巻く黒炎。目を剥き、その変化を引き延ばされた時間感覚のなかで眺めた。
世界を灼く滅亡の炎。
咄嗟に剣を投げて、橘さんの手前側に着地させる。
「伏せろぉ――!」
瞬間、悲鳴以外の音が消えた。
軋む大気の音が、怨嗟のように。
フレア、なんて単語が遠い意識の中で浮かび上がった。恒星の表面で起こる爆発。
直に、それを浴びた。
原型を留めているかどうか、胡乱な意識では判別できない。
『GYAAAAA!!』
歓喜で喉を震わす茉梨――いや、魔王。
認識が甘かった。
あんな化け物、魔王にほかならない。
勇者じゃなきゃ、勝てる相手じゃない。
「…………あ」枯れた老人のような声が、自分の喉から漏れた。
それを聞き、魔王は絶叫する。
どうして。
そんな、慟哭が耳を打つ。
中二病と蔑まれ、実在する魔法を信じ続けた少女の、無垢な狂気。
どうして、と自問自答を繰り返したのだろう。
彼女の疑問を解決するだけの、言葉なんてオレにはなかった。
『あなたは、魔法使いになりたい?』
答えられる問いなんて、ひとつだけ。
「なりたいよ……! 全部綺麗まとめて収まるなら、魔法使いだって、なんだって!」
地を這うオレの手に、触れるものがあった。
冷たい鋼鉄の感触。
ぼやけた視界に、刀身が映る。
……刀身には、見るに堪えない表情のオレが反射していた。
ただの、高校生の顔だ。
腹をくくれ。巻き込まれたとか、やりたくないとか、そんな段階にオレはいないんだ。やらなきゃ死ぬ。戦わないと。
熱い息を吐き出し、もう一度刀身を睨む。
反射する運命と。炯々と意思が光る静かな瞳。
『クラス:勇者』『07』
……なんだ、オレって、そんな目が出来たんだ。
「死を乗り越える、ために……死に、立ち向かえ……!」
上手く言葉を紡げたかどうか。
それを最期に、意識は途絶えた。
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