剣の振り方なんて知らない。

 オレは三刀流ではないし、逆刃刀の使い手でもない。

 ただの思春期の高校生。


『GYAOOOO』


 誇張なしの恐怖が、総身を包んでいる。

 勇者になんてなれない。

 どうしても、自分が大層な運命を背負ってるなんて思えなかった。


「オレはね、ただ漠然と『何者かになりたい』って衝動を腹に抱えてるだけの、オマエと同じ高校生だ」


 大きく息を吐く。

 静かな決意と、激しい恐怖が相反して胸を狂わす。

 動悸が激しい。カウントダウン。


「どうしようもない現実を前にして、縋りたい……支えてもらいたい、それがオマエにとっての魔法で、誰かが中二病を罹患する理由だろ?」


 だから、オレを形成する飛翔系漫画のキャラ達……オレに力をくれ。

 一子相伝や戦国時代の暗殺剣。悪魔が如き能力だったり戦闘力だったり……はたまたギャルのパンティーだったり……とにかく、心の支えが必要なんだ。

 弱い心と向き合うために、好きなもので補強するんだな。


「でも、オマエに巣食うそれは、まやかしでしかない。錆び付いた理想だ」

『GYAOOO!!』

「茉梨は魔法から何を学んだ!? オレは富・名声・力、友情努力勝利・奴隷・差別・仲間・悪党・仁義・性癖Etc.――オレは海賊漫画で教わったぞ!」


 自分でも何を叫んでいるかわからない。

 ただがむしゃらに、恐怖に負けないように吼えていた。


「ほんとにどうかしてる……なんでオレは、こんなアホくさいことに命かけてるんだ!?」


 唇を引き結び、なるべく茉梨に届くことを願って大声で叫ぶ。


「でも、オマエと授業受けたりとか、遊んだりとか! 青春っぽいこと考えたら、悪くないって思ったんだよ!」


 その時点で、オレの負けだ。

 全力を尽くさないわけにはいかない。熱病に冒されたみたいに、それしか考えられなくなる。オレは思春期だ。死ぬ気で青春過ごしたいんだ!


「異世界なんかに行かせるか!」

『GYAAAAAA!!』

「声がこえーんだよ!」


 剣を腰だめに構えて、地を蹴る。

 魔法陣が現出し、光線を射出する。パーティーライトめいた奇怪さで、世界を焦がす熱量を持つレーザーが体の傍を擦過していく。

 うおおおお掠った! くそ、なんだってこんなことしてんだよ、オレ!!

 ヤケになって剣を振るう。

 剣がレーザーに触れると、光の粒子をまき散らしながら魔力を霧散させた。水流を遮るのに似ている。剣で無理矢理作った隙間に体を滑り混ませて、茉梨に接近する。


『GYAUUUUUUUUUOOOO!!』


 異形の猿声を咆哮する。


「く、押し戻される……!」


 茉梨の声に呼応して、魔力が強くなった。

 地面に剣を突き立てて、レーザーを遮る。

 柄に添えた手を全力で握りしめながら、嵐を耐えるように懸命に瞳を絞った。


「まずぃ、耐えきれない――!」

「勇者様、これを!」


 ひゅんひゅんと、空中で旋回する小瓶が視界の端に移った。

 放物線を描き「いてえ!」瓶はオレの頭部に直撃。

 パリン、と割れると、中身の粘着質な液体が滴った。


「嫌がらせか!」

「ああ、申し訳ありません! 腹を切ってお詫びします! ……ああああ申し訳ありません! 斬る刃物が勇者様の手元にあります!」

「返せって言うの!? やだよ! 状況が見えませんかァー!?」


 と、キレていると、体力が戻っていく感覚があった(矛盾)

 消耗してるはずなのに……?


「ポーションです!」

「ああ道理でね、臭いわけですよ!」


 薬品特有の刺激臭が顔を中心に蔓延している。

 と、拮抗する力に嫌気が差したのか、暴れ回るだけだったレーザーが指向性を持った。魔王の思惟に反応して、オレを狙わんと鎌首を擡げる。

 くそ、まずい……!

 剣の腹を蹴り下げ、サーフボードのように飛び乗った。レーザーの上を滑り、崩れそうなバランスを整えながら線の間をくぐり抜けていく。


「ぼ、ボクの剣を踏み台にしたァ!?」


 そこ、援護できないなら口閉じてろ!


『GYUUAAAA!!!』

「く、あっ!」弾かれた。まずい、理性がない攻撃とばかり思っていたが、次第に学習し始めている。剣が手元を離れて、オレと魔王と間の地点で転げ落ちた。


 空中で身を翻し、上手く着地するが、進路方向を妨害されて蹈鞴を踏んだ。


「勇者様!」と、オレの前方に躍り出て、橘……さんがバリアのようなものを張った。(リスペクト値が微妙に増加)


 今のうちに剣を!  脚を前に出し、レーザーの死角を縫う。

 ――と、隙間から見えた、茉梨の顔が一瞬崩れた。

 背筋を伝う悪寒に従い、スライディング気味に体を滑らせた。

 ちょうど、さっきまでオレが居た空間を、漆黒の光がえぐり取っていく。

 慄然と震える、なんだ、この不気味な周到さは。誘い込まれた?

 高鳴る心臓に急かされ、転げ回りながら剣をつかみ取った。


「勇者様、お手を貸してくださると光栄です!」

「橘さん敬語段々砕けていってるの自覚してる!?」


 ――あれ、詰んだ?

 駆け出した瞬間、漠然と絶望を感じた。

 突然、魔力の波が変化する。

 渦を巻く黒炎。目を剥き、その変化を引き延ばされた時間感覚のなかで眺めた。

 世界を灼く滅亡の炎。

 咄嗟に剣を投げて、橘さんの手前側に着地させる。


「伏せろぉ――!」


 瞬間、悲鳴以外の音が消えた。

 軋む大気の音が、怨嗟のように。

 フレア、なんて単語が遠い意識の中で浮かび上がった。恒星の表面で起こる爆発。

 直に、それを浴びた。

 原型を留めているかどうか、胡乱な意識では判別できない。


『GYAAAAA!!』


 歓喜で喉を震わす茉梨――いや、魔王。

 認識が甘かった。

 あんな化け物、魔王にほかならない。

 勇者じゃなきゃ、勝てる相手じゃない。


「…………あ」枯れた老人のような声が、自分の喉から漏れた。


 それを聞き、魔王は絶叫する。

 

 どうして。

 そんな、慟哭が耳を打つ。

 中二病と蔑まれ、実在する魔法を信じ続けた少女の、無垢な狂気。

 どうして、と自問自答を繰り返したのだろう。

 彼女の疑問を解決するだけの、言葉なんてオレにはなかった。


『あなたは、魔法使いになりたい?』


 答えられる問いなんて、ひとつだけ。


「なりたいよ……! 全部綺麗まとめて収まるなら、魔法使いだって、なんだって!」


 地を這うオレの手に、触れるものがあった。

 冷たい鋼鉄の感触。

 ぼやけた視界に、刀身が映る。

 ……刀身には、見るに堪えない表情のオレが反射していた。

 ただの、高校生の顔だ。

 腹をくくれ。巻き込まれたとか、やりたくないとか、そんな段階にオレはいないんだ。やらなきゃ死ぬ。戦わないと。

 熱い息を吐き出し、もう一度刀身を睨む。

 反射する運命と。炯々と意思が光る静かな瞳。


『クラス:勇者』『07』


 ……なんだ、オレって、そんな目が出来たんだ。


「死を乗り越える、ために……死に、立ち向かえ……!」


 上手く言葉を紡げたかどうか。 

 それを最期に、意識は途絶えた。

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