焦燥が如く駆けていた。

 全身を巡る魔力がそうさせるのか、体力的な疲労は感じない。

 光の柱がなにかしらの影響を与えているのかもしれない。

 尋常じゃない速度で、坂を駆け上がる。

 少しでも速度を緩めれば、後悔の念に喰われてしまいそうで、狂ったように足を跳ねた。


「くそ、まさかとは思うけど――!」


 胸の内から湧き上がってくる疑念を振り払い、とにかく光の柱に向けて疾駆する。

 体の調子がいい。

 瞳から、全身に力が供給される。眼球が中枢の生物になってしまったみたいだ。

 パルクールの要領で塀を走り、最短のルートを選び続ける。

 思い返すのは、別れ際の章との会話――


 ――オレは、章のスマホから目が離せなくなっていた。


 世界を滅ぼす。その一文に、どれだけの引力が秘められていたのか。


「不穏な呟きだな、さすがは〝希代の魔女ディザスター〟だぜ……!」


 恐れ入った、と感嘆をこぼす章の声が、脳に認識されずに抜けていく。

 魔王。いまなら、この単語に込められた呪いが理解できる。

 人類を滅ぼす悪敵。

 世界の支配を目論むフィクサー。


「あいつ、本気で魔王になるつもりかよ……!」

「あ? お前もこっち側に堕ちちまったのかっ? それはそれでうれしいが、その先は地獄だぞ?」

「ちがう……」


 二の句を紡げず、助けを求めるように光の柱を振り仰いだ。

 万華鏡の反射を想う、複雑怪奇な光の屈折。

 ガラス細工の柱を芯にして、全面を光の熱量でコーティングしたような巨塔だった。

運命瞳フォルトゥーナ〟のフィルターを通して感じ取れる、膨大な魔力。

 神聖さすら感じる、恐ろしくもおぞましい集合体。

 あの光を集約させれば、あるいはホントに世界は滅ぼし得るのかもしれない。

 中二病の妄想なんかじゃない。

 あいつは、自分の居場所を作るためならなんだってするはずだ。

 領土を侵略する魔王のように。


「章、今日はもう帰るんだ」

「はあ? 連れねーな、どっかゲーセン行こうぜ」

「帰れ、ばかっ!」


 気づけば、両足が地を蹴っていた。


「あ、ちょ待てよ!」


 章の声を置き去りにして、景色が過ぎ去っていく。


「さ、サラマンダーより速ぇっ!!」


 一方的に突き放してしまった。

 苦々しい想いが舌にまとわりついている。


「あとで謝らないと」


 懺悔するように、口にした。

 薄々勘付いてはいたが、光の柱の根元は、緑公園だった。

 大地を踏みしめ、渾身の力で跳躍する。

 信じられないことに、オレの体は木をまたぐほどに跳び上がっていた。


「な、なんだこれぇえええ!?」


 つかの間の浮遊感を経て、自由落下。堕ちる墜落おちおちおちるうううう!!?

 じたばたと空中で足掻く。

 情けない悲鳴を上げながら、オレは緑公園に着地した。

 じーん、と骨の芯から響く衝撃で尻餅をついた。


「いってえ……」


 立ち上がると、目の前に光の柱がそびえ立っていた。

 注視すると、光の膜みたいなので覆われている。ブラウン管テレビの、画面表面に浮かぶ電磁膜に似ている。触るとあったかいやつだ。

 恐る恐る触れてみ――


「――ギャアア!!?」


 意識が空白化して、視界が真っ白に染まる。

 なにがおきた? 一瞬、脊髄の上に重なるように激痛が走った。

 気づけば、地面に倒れ伏して灼熱の体で荒く息を吐いていた。


「感電、か…………」


 口を開くのも億劫だった。

 消え入りそうな意識を繋ぎ止めるのに一苦労で、体が持ち上がらない。


『あっれれ~? おっかしいぞ~~?』


 げ、この声は!


『ユーシャ=サマともアローものが、ブザマにダイチをナメられてますネェ!』


 土の味はいかが~~~? と煽られる。うぜえ(怒り)


『ドウシマシタ~? イマサラ、ごジブンのミブンがムシレベルとキヅきましたか~!?』


 ねえいまどんな気持ち!? と執拗に煽ってくる。うぜえ(憤怒)



「うがーー!! うるせー!! 知らねー!!」


 怒りを燃料にして奮起する。

 視線を巡らせて、忌々しい妖精の影を探す。

 どこだ! さっきまで煽りに煽り散らかしていた畜生外道は!


『ココだ』頭に乗られていた。くそっ! 界○様の下で修行を経た悟空かよ!


 オレの頭に腰を掛け、悠然と見下ろしてくる。

 このクソガキ……舐めやがって……!

 立場を分からせようと怒りを爆発させるが、妖精は飄々とした立ち振る舞いでオレの追尾を躱し続ける。


『イイのかナ~? アタシなんかにカマけてて、ケッカイのナカはタイヘンだヨ~?』

「あっ」そうだ、挑発に乗せられてしまっていた。


 再チャレンジだ!


『ちょまだアタシまだオリてな――』

「――ぐああああ!!」


 光の障壁に阻まれ感電。妖精ごと。

 絹を裂くような悲鳴を上げ、妖精は気絶してしまう。雑魚めが。

 激痛が体を蝕む。だが、さっきほどじゃない。


「慣れてきた……よし、突き破るぞ……この中に、茉梨がいるはずだ」


 呼吸を整え、覚悟を決める。

 大丈夫だ。激痛こそ奔るが、体にダメージは無い。

 丹田に力を込め、勢いに任せるのではなく、体の一部ずつを滑り込ませる。

 果たして、気が遠くなるほどの激痛のあとに光の内部に侵入できた。

 とても眩しい場所だ。

 見渡せす限り、白い光で溢れた空間。

 光の中で、魔王と騎士は対峙していた。

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