閑話

 ――彼女は、見ていた。

 高層ビルの屋上。強く吹きすさぶ風を受け、紅髪の長髪が舞い踊っている。

 屋上の落下防止用の網に手をわせる。

 紫水晶アメジストの瞳を中空にさ迷わせ、程なくして止まる。


「……勇者様」


 視線の先は、ネオンと人で描かれた混沌の色彩。

 この都市には、数え切れないほどの人が埋め尽くしている。

 けど。それでも。

 彼女は、間違いなく見つけ出す。


「たとえ、幾多の魂があなた様を覆っても、御魂みたまは燦然と……」


 熱っぽい息を吐き出す。

 視線の先の豆粒が如き人影は、人混みに戸惑いながら何処かに向かっている。

 念じると、視界に文字が浮上する。

 勇者様。今世での名は『火堂ケイ』十五歳。

 潜在能力ステータス持ち物アイテム――

 数多の火堂ケイに纏わる情報が、視界に訴えかけてくる。

 絵本やお伽噺でしか語られなかった伝説の存在。

 世界に蔓延する疫病が如き不安の影を、きっと祓ってくださる。


「太陽。太陽が必要なのです。どうか我らをお救いください……」


 彼女の心は敬虔けいけんなる信仰に満ちていて、迷いがない。

 高潔な決意、純然たる祈り。

 それらを握り、彼女は火堂ケイを殺す。

 心に誓いを立て、踵を返す。さしあたっては、今夜の寝床を探さねばならない。魔力を消耗してしまった。

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