3
周囲との関係は
授業中、投手不明の小さな消しカスが付近を飛び交うようになった。
都会式のイジメの恐ろしさは結束力に在る。
決して犯人を特定させず、集団で対象の不安を培養するのだ。
章の決断は早かった。高校デビューの失敗を悟るや、不登校に転身。もう二日は姿を見ていない。「体調不良です」と、五島先生は朝のホームルームで告げたが、不登校ではないか、なんて疑惑が浮上している。
オレとしては、彼が再び登校できるような環境作りをしていきたい所存。風評被害を取っ払えたら、そっからは本人の意思に委ねるとしよう。
そんなこんなで昼食の時間がやってきた。
「ご飯食べよう、火堂君」
「よしきた」と、オレは山田さんの机に椅子を寄せた。
山田さんは変わりない。
今日もオレと食卓を囲む所存の模様。
「火堂君って許せないものは何?」
「第一声、踏み込んだねぇ」
野球実況みたいな口調になる。間の抜けた声が漏れた。
メロンパンの袋を開封しながら、山田さんを見据える。
なんで、そんなの聞くんだろ。
「やっぱしイジメ? 見るからに正義漢だし」
「それもあるけど、あんま好き嫌いはないつもりだよ」
「てなると、イジメ賛成派なんだ」
「飛躍しすぎだろ。虐める気持ちはわかるけど」
「ほう、その心は」
「弱いものイジメって楽しいもんな。それこそ、対象が弱いほど際限なく。もっとも、擁護する気持ちは欠片もないね」
アリの巣を水攻めする心理みたいだ。
自分が絶対的な支配者になった快感。
「単純に好きじゃないし、したこともするつもりもない感じ」
へ~。
「……おい、なにすんだ」
「糖分を前にすると理性が働かなくって、ごめんなさい……」
殊勝な態度だったので、今回の
「しかし、オレと話してて大丈夫なの?」
オレが言っちゃなんだが、オレのいまの立場はひどく危うい。
茉梨や章と同じ派閥であると認識されかけているので、イジメの対象にロックオンされかけているのだ。それを理解できない山田さんではあるまい。
「へーきへーき。私、こう見えて強いんだよ?」
「まっさか~」アメリカンに肩をすくめた。
「わたしのフォロワーは530000です」
「フリーザかよ、ぜってえ嘘だぁ」
「…………」
「……え、ほんと、なのか?」
目がマジだった。オレはちょっと山田さんが怖くなる。
「火堂君って、ひょっとしてまだ、自分は特別って勘違いしてる?」
100%の力を解放し、主人公の傲岸を
オレは手を振って答える。
「山田さんはいきなり斬りつけてくるから怖いなぁ。辻斬りですか? なにがし
おどけた調子で言ったが、山田さんはにっこり笑顔のまま。
「質問を質問で返さないで?」
「……はい」こっわい。質問にはちゃんとしたアンサーを用意しましょう。教訓。
茉梨、オマエに言ってるんだぞ。
「だけどさ、山田さんって結構会話が飛ばし飛ばしなんだよ。いきなり斬りつけられるから、こっちは返す言葉が用意できないんだ」
そして気づけば致命傷を負っているという。
「それはごめん。順序立てて説明するのが苦手なんだよ、アタシ」てへっ、とウインク。
「難儀ですなぁ」
「火堂君って、自分は特別って勘違いしてる?」
クエスチョンがカムバック。
オレが言いたかったのは、その質問に至る過程を用意してくれってことなんだけど、意図は伝わらなかったみたいだ。……まあ、いいか。どうせ昼休みの話題だ。脳みそ使わないで話しましょう。
「勘違いもなにも、特別だって自負してるよ。世界におけるオンリーワンだ」
「へ~。なんかね、火堂君は『自分が特別』って認識できるだけの根拠を持ってる、そんな風に感じるんだよね」
魔法や勇者、様々な要素が脳裏を掠めていった。
煙を払うように、頭を掻いた。悪霊退散。
「立派な考えだぜ。自信を持てるひとって羨ましい」
「山田さんは自信なさげ女子?」
「うん。自分が好きになれない。だから、ついつい周囲の評価に
自虐に歪んだ笑み。
眼鏡越しの視線が曇っていた。
「アタシは拠り所があるからいいけど、何処にも縋れない子って脆いんだよ」
……ふと、公園の事件現場に立ち尽くす茉梨を思い出した。
そうだね。誰だって同じだ。帰る場所がないと安心できない。
茉梨にとっては、魔法が拠り所。ただ、その魔法とやらのために、その他諸々……家族とか学校とか、周囲の評価とか、そういう人間性を犠牲にしているのは非常にいただけない。
中二病は『特別でありたい』とか、コンプレックスを覆うために訪れる一過性の発作。
特別であるのが、そんなにも大事なのか?
苛立ちを誤魔化すように、メロンパンを口いっぱいに頬張った。
「わお、間接キスだ」
「…………!」喉につまらせてしまった。
く、くるしい……! 超神水を飲んだ直後の悟空のように呻いた。
ほい、と差し出された紅茶のストローに食らいつく。
「なんか雀に餌あげてるみたいだ。ちなそれも間接キスです。かかったな間抜けめ!」
「……げふっ、げふっ!」
噎せた。やめろよ、ハレンチな……!
恨ましや、と山田さんを睨む。
「あんま挑発しないでよ!」
「初心なフリしてるだけじゃないの?」
「フリなんかしてるもんか!」
口元を慌てて拭い、目を逸らす。それから、何を見ればいいかも分からず、山田さんに視線を戻した。山田さんはにまにまとご満悦である。
いい気になるなよ……!
「からかい甲斐があるね~」
「人をからかって楽しいか、このチェシャ猫!」
「楽しいね! 煽りとヤジが生き甲斐だもん!」
「最悪だな……」
「そんなアタシみたいな連中が群がってるのが、現代のインターネットです」
「最悪だな……」
不意に山田さんは真面目な顔になる。
オレも居住まいを正した。
「初めての間接キスの味、どう?」
「……オレ、山田さんとソリが合わない気がする」
「奇遇だね、アタシもだ」
言葉面では刺々しいが、険悪な空気にはならなかった。
喧嘩を売られているわけではなさそう。
次の焼きそばパンを開封。
「火堂君は根っこから陽キャって感じするもん」
「……ようきゃ?」
「人は陰と陽で大別できるんだ。陰キャと陽キャは決して相容れないの」
「……オレ無知だからよくわかんねーけど、そうやって区別する必要ないでしょ? 一緒にいて楽しけりゃ、そこに隔たりはないぞ」
「やめろ……その言葉はアタシに効く」
うおおお、とエクソシストが読み上げる聖書に悶える悪霊のように呻く。
このまま成仏してくれないかな、ほんと。
「しかしね、人生の開始地点がマイナスである人間ってのはケッコーいるもんだよ」
「開始地点? そんなの、みんなオギャったら一緒じゃないの?」
「違う、違うのだ!」
超人みたいに迫真の表情だ。
オレは思わず焼きそばパンを運ぶ手を止めた。
「容姿のステータスとか、親とか、環境とか……様々な条件でマイナスになるの。コンプレックスってのは厄介だよ。ちょっとでも種が植えられると、芽がどんどん育つから」
「確かに……」
「偉い人にはわからんのですよ」
ぷりぷりと怒る山田さん。
シリアスな雰囲気じゃないので焼きそばパンにありついた。ジューシーでおいしい。
炭水化物on炭水化物は最強なのだ。
「火堂君は勉強の必要ありだぜ。サブカル方面で」
「サブカル……?」
「サブカルチャー、いわゆるオタク文化」
「え~~~~」露骨に嫌な顔をした。
ちょっと敬遠する気持ちがむくり。
「だいじょうぶだいじょうぶ! 先っちょだけだから!」
「まことか~~?」
絶対に先っちょじゃ済まなそう。
「林崎君のことを理解したいなら、サブカルに明るくないと!」
「はあ? どういうこと?」
「こういうことです」
スマホを突きつけられた。
画面に表示された文字群に視線を流す。
「『異世界でチート魔法使いになって、魔女と恋に落ちる話』? なんだ、これ」
すごい丁寧なタイトルだ。内容がぱっと見で判断できる。
小説、だよな? でもジャンルが分からない。
「現代ラノベだよ。いまや誰だって自分の理想を共有できる時代なの」
「なんだその胡散臭い謳い文句」
夢とか理想とか絡んでるキャッチコピーは大抵不審なのだ。
オレは怪訝に眉をひそめる。
「これがどう章に繋がるのさ」
彼女は、声を潜めて耳打ちしてきた。
「この小説に、彼の理想が凝縮してる……と言ったら?」
「なに?」つまり、章はこの小説の影響を受けたのかな。
好きな作品に傾倒する、なんてことはよくあるし。
バイブル、ってやつかな。
「章はこれを読んで、中二病になったのか?」
「逆だよキミィ」
露悪的に山田さんの頬が歪む。
「作者は〝
「え、すごいな。章って小説書けたんだ。言ってくれればいいのに」
この場にいない本人に苦言。
「リアルの知り合いに言えるもんか。こんな自分の好きな性癖ばっか詰め込んだ小説……黒歴史の象徴みたいな感じだし」
「ならなんだって教えたの」
「面白そうだし。それに……馬鹿にしないでしょ、火堂君は」
「そりゃしないよ、知り合いが作ったもんだ。誇らしいよ」
間断おかずに答えた。
「そういうとこが陽キャなの、太陽か。太陽礼拝のポーズしてなさい」
ぴしっ、とYの字で腕を広げる山田さん。
恐る恐るマネすると、周囲から不審がられた。すぐにやめた。
「しかし……章と交流あったんだな、山田さん」
「へ? なんでそう思うの?」
「え、だって章の小説知ってるじゃん」
「関わりはないって。アタシはエゴサの達人だぜ? エゴサの応用で、クラスメイトのネット情報を暴くなんて容易い」
「ひどくおそろしいことを聞いた気がする」
なんだこの厄介な生物は、と本能がオレをおののかせる。
誰か対処しないとみんな絶滅するぞ。
「いいかね、ワトソン君。現代において、情報の価値は塵芥も同然だ。情報を集められるのは当たり前。如何に有効な情報を集め、また情報をまとめるか、そこに価値が集約しているのだよ……」
「含蓄がある言葉だなぁ」
「では失敬」講義代にデザートの生ショコラを剥奪された。こいつ、蛮族か。
まあ、真偽はどうあれ有用な情報だ。勉強させてもらおう。
スマホを取り出し、先ほど目にしたタイトルをグルグルさんに打ち込み検索する。
検索上部にヒットしたサイトを開く。
「『小説家になろう』……なるほど、インターネット上に小説を公開できるんだな。と、すごい、本屋さんにも市場展開してるのか。匿名で小説を投稿できて、しかも本棚みたいに活用できる。手軽に小説が読める。こう、勉強終わったあとの疲れた頭でも読む気力が生まれそうだ」
「ステマか?」と、ジト目を向けられた。
「失敬な、率直な印象だ」
本を読むのは好きだ。
知識という源泉を咀嚼し、自分の血肉にする感覚は得がたい体験だ。
かっこつけた言い方をしたけど、もっぱら読むのは飛翔系漫画である。
最近ではチェンソーを振り回す男の漫画が熱い。
「しかし、小説って結構繊細なもんでしょ? あんまり詮索していいんだろうか」
小説とは、程度の度合いはあれ、作者の心情を赤裸々に映すものだ。章は良しとするだろうか? 良い顔をするのは、想像できない。
「そうだね、秘密にしてるくらいだしね」
でもね、と。
彼女は視線を落として呟く。
「自分の好きを理解してくれる人間がいない、この苦悩はケッコーキツいんだ。それがどんなに醜い趣味趣向であれ、理解者は必要なんだよ」
あまりにも寂しげな言葉だった。
少なくとも、昼休みの教室で話す言葉じゃない。
「どんなに誹謗中傷を重ねられても、作者にとっては読者の感想以上に、心に届く言葉なんてありえないんだぜ」
「そうか……定型文だけで飾った読書感想文は無駄じゃなかったんだな」
「それはぶっちゃけ無駄かと」
そっかぁ。宿題で出される読書感想文、ほんとに苦手だ。廃止されないかな。
「山田さんは、オレが章の秘密を知って悪用するとは思わないの?」
「誰かを貶めないでしょ、あなたって」
内面を透かし見るような視線に居たたまれなくなる。
ふと、思い至る。
ほとんど初対面なのに、どうしてこんなにも話が弾むのだろう。
「山田さんって、オレとどっかで会ったことある?」
「……来世、とか?」
遠くを見る眼差しだった。嘘くさい。
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