第45話 誕生日の夜に
数日後、半休申請をして両親の命日に空が白み出した時間に寮を出て、一人でお墓参りに来た。
亡くなって一年、色々あったからあまり深く落ち込む事は少なかったが一人で居ると、ふとした時に思い出して涙が止まらなくなる事も何度もあった。
前世の記憶を取り戻しても大好きな両親が亡くなったのが悲しいという気持ちに変わりはない、この辛い気持ちを前世の家族にも味わせてしまったのかと思うとやりきれなくなる。
「父様…、母様…っ!」
墓石にマジックバッグに入れておいた両親の結婚式の肖像画に描かれていた物と同じ花束を膝をついて供えた途端に涙が止まらなくなった。
きっと墓前でこうなるだろうと思って一人で来たのだが正解だったな…、きっと兄姉達は泣く俺を心配してゆっくり両親を偲ぶ事もできなかっただろう。
必死に俺を慰めようとする兄姉の姿が容易に想像できて、涙を流しながらも思わずクスリと笑ってしまう。
「兄様達が居てくれるし、もうすぐ甥か姪も産まれます、初孫ですね。 だから俺も頼れる叔父として頑張りますね!」
涙を拭って不格好だったかもしれないけど笑顔を見せて立ち上がる。
「父様と母様が安心して眠れる様に俺は強くなります、もうすぐ十一歳ですし。 また…会いに来ます」
再びポトリと足元に滴が落ちた。
手で目元を覆い治癒魔法を掛ける、きっとそのまま寮に帰ったら皆が驚くくらいには目元が赤くなっているだろうから。
火照った様に熱くなっていた目元が元の体温に戻った事を確認し、墓石に一礼してから寮へと戻った。
午後の訓練では両親の事も知っているアルフレートが気遣ってくれているのを感じたが、あえて翌週のパーティーの話を出して落ち込んでないよ、とアピールしておいた。
そして…その問題の翌週のパーティーの日がやってきた。
子供の誕生日パーティーという事で夜ではなく、午後からのお茶会要素の強いものだった。
妊婦なのにエミーリア義姉様が張り切って準備してくれたので感謝している。
覚悟はしていたがハンターと化した御令嬢が怖かった。
婚約者もおらず誰もエスコートしていなかったので、少なくとも十五人とダンスをした筈だ。
抜かりなくアルフレートも巻き込んでやった。
凄く疲れたが、ダンスに疲れて休憩していると親子でグイグイ来る人も居て、衣装を作る時の姉様達の圧とは違った圧にやられて休憩した気になれなかった。
結局ダンスしてた方が精神的に一対一な分だけマシだったので踊る事にした。
体力向上の為に二時間走り続ける訓練をしておいて良かったと、心の中でアルバン訓練官に感謝した。
ちなみにカール兄様は近衛騎士という事でデスクワークの多い団長や副団長、そして補佐や事務方以外は伴侶を持つ事を避ける傾向にあるので、あまり結婚相手として狙われていない。
これは咄嗟の時に妻や子を想ってその身を王族の盾とする事を躊躇わない様にする為らしい。
カール兄様みたいに弟妹を可愛がってたら結婚していようがしていまいが関係無いと思うが。
大体午後一時から始まり四時半くらいにはお開きとなった。
エミーリア義姉様は時々お腹が張るのか後半は殆ど部屋で休んでいたが、最後の挨拶の時には姿を見せてくれた。
「アドルフ兄様、エミーリア義姉様、今日は俺の為に色々準備して頂いてありがとうございました。 みんなもありがとう」
兄夫婦と片付けを始めた使用人達にお礼を言うと、皆は笑顔で応えてくれた。
ところで先程から気になってる事がある。
「エミーリア義姉様、お腹が痛いんですか?」
エミーリア義姉様が時々お腹をさすっていたのだ。
「そうなの、お料理食べ過ぎてしまったのかしら? 妊娠中はコルセットを付けないから油断しちゃうわ。 うふふふ」
少し照れ臭そうに扇で顔の下半分を隠して笑う。
「出産予定日は半月後でしたよね?」
「そうよ、楽しみだわ~。 早く出ておいで~! あ、イタタタ、さっきから妙にお腹が硬くなるというか張るのよね」
幸せそうにお腹をさすっていたが、出産予定日が半月後という事は臨月って事だ。
前世の姉も「スイカ食べ過ぎたかな? お腹壊したかも」とか言ってたらお通じの気配は無いのにどんどん痛くなるって言ってて、母に「それ陣痛じゃないの!?」った怒られてたんだよね…。
「エミーリア義姉様…? それは陣痛の始まりじゃないんですか? どれくらいの間隔で痛くなってます?」
兄夫婦は意表を突かれた顔をして俺を見た。
エミーリア義姉様はしばし考え。
「そういえば十五分おきくらいに張ってるかも?」
頬に手を当てコテンと首を傾ける。
のんびり答えるエミーリア義姉様とは対照的にアドルフ兄様の顔色が蒼白になっていく。
「そ、そ、そ、それは大変じゃないのか!? 予定日より半月も早いなんて! すぐに産婆と治癒師を呼べ! 女性のだぞ!」
アドルフ兄様ってば両親が亡くなった時より動揺してないか?
「アドルフ兄様、落ち着いて下さい。 まだ十五分間隔なら余裕です。 しかも初産なんですから今日中に産まれるかわからないくらい時間が掛かると思いますよ?」
「だが、半月も早いなんて…」
「母体に四十週間居る前提ですが、三十六週間お腹に居れば問題ありませんよ、予定日より二週間までなら遅くても一応大丈夫ですし」
そこまで言うと、やっとホッとした顔を見せた。
「レオナ、出産間近になったら食事出来ないだろうから今の内にエミーリア義姉様が食べやすいものを準備して。 あと先にお風呂に入っておいた方がいい、産後すぐには入れないし、身体が温まったら陣痛が進むかもしれないからね」
アドルフ兄様はオロオロしているだけだし、エミーリア義姉様はのんびりしているので、俺の出産の時にも立ち会ったレオナに指示を出す。
「本当に陣痛だったら出産用に部屋を使える様に今の内に整えるように」
「クラウス…? お前凄いな、どうしてそんなに冷静に指示が出せるんだ?」
振り向くとカール兄様が信じられないものを見る目で俺を見ていた。
大丈夫、ちゃんと言い訳は考えてある!
「そんなの、ヘルトリング家に俺より小さい子供が産まれるのは初めてなんですよ!? 予習はバッチリです!」
今世で一番のドヤァァ!って顔をしていたと思う。
「失礼致します、湯浴みの準備が整いました」
その時エミーリア義姉様付きの侍女が報告に来た。
「ほら、アドルフ兄様! 連れて行ってあげて下さい!」
言われてハッとなりエミーリア義姉様の腰を支えて浴室へ向かった。
そのすぐ後に産婆さんと治癒師が到着したので、現状の説明をして湯浴みと食事が終わるまで客室で軽食とお茶で寛いで貰った。
伯爵家という事で寛げていたかどうかは不明だが。
お風呂上がりには陣痛が十分感覚になったらしい、産婆さん達は分娩室となる寝室に移動した。
俺もついて行って止められたが、清浄魔法だけベッド周辺に用意されている物と産婆さんに掛けた。
産婆さんの手に細菌付いてたら感染とか怖いからね!
エミーリア義姉様は陣痛の合間に食事を摂る、長期戦になったら体力勝負だから食べられる内に食べないと保たない、と前世の姉が言っていた。
ラマーズ法とか教えたいとこだけど、そこまで言ったらさすがにおかしいってバレそうだからやめておこう。
とりあえず途中で水分補給できる様にメイドに言っておいた。
出産はアドルフ兄様とエミーリア義姉様の私室の間にある寝室で行われるので、エミーリア義姉様達は寝室に居て、俺達はアドルフ兄様の私室で待機している。
突然寝室が騒がしくなった、報告係のメイドが言うには食事後に立ち上がった瞬間破水して一気に陣痛が進んだらしい。
さっきまでは座ってソワソワしていたアドルフ兄様がとうとう立ち上がって部屋をウロウロし始めた。
一応エミーリア義姉様にはお散歩して腹筋を鍛えると産む時に力が入るから早く産めると教えてあるから、問題が無ければ早く産まれるかもしれない。
というか部屋でウロウロ歩かれるとこっちも落ち着かなくなるので正直やめて欲しい。
二時間程でメイドが目を潤ませて寝室から出て来た。
「おめでとうございます! ご嫡男の誕生です!」
「二人は無事か!?」
「はい! 母子共問題無いそうです!」
ほ~っと息を吐いてアドルフ兄様がソファにへたり込んだ。
すぐに様子を見に行こうとしたので止めた。
「クラウス? 何故止める?」
珍しく俺に対して怒っている様だった。
気持ちはわかるがまだダメだ。
「子供が出て来ても「後産」と言って子供に栄養を送っていた胎盤という物が出てくるのです、そんな状態をエミーリア姉様が見られて大丈夫だとお思いですか?」
わざとジト目で言うと、気まずそうにソファに座り直した。
その後すぐにエミーリア義姉様付きの侍女が清潔な布に包まれた赤ん坊を連れて来た。
恐る恐る赤ん坊を抱いてドアの隙間からアドルフ兄様がエミーリア義姉様に「よくやった!」と声を掛けていた。
「可愛いな~! ちっちゃ~い!」
「クラウスが産まれた時を思い出すな」
髪の色は俺やアドルフ兄様と同じ紅色で、一瞬見えた瞳はエミーリア義姉様と同じ緑だった。
顔立ちも俺と似ている気がする、カール兄様の言う様に俺が産まれた時もこんな感じだったのだろう。
久々に見る新生児に自然と顔が綻ぶ。
「名前は決めてあるんですか?」
「ああ、男の子だからルードルフだ」
「ルードルフ…ルディだね、クラウス叔父さんだよ~。 元気に育つんだよ~」
産まれてすぐの赤ん坊は出て来て二時間は覚醒状態らしい、なので生後二時間以内に声を聞かせてあげると覚えて懐きやすくなるという説があるので優しく声を掛ける。
今はまだ夜の8時、俺と同じ誕生日の甥が産まれ、叔父さんになった十一月二十二日。
ショートケーキの日なので生クリームが食べられる一歳を過ぎたらショートケーキを食べさせてあげよう。
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