第46話 叔父馬鹿

 予定日より早く産まれた甥の為に乳母を雇おうとしたアドルフ兄様を阻止し、初乳の大切さを説いた。


 ぶっちゃけ怪しまれたが。

 そりゃそうだろう、十一歳になったばかりの子供が母乳に関するウンチクを並べ立てたのだから。


 しかし実際出産後暫くは初乳と言って栄養価が高く免疫力を上げる成分が多く含まれている。

 しかも月齢に合わせて母親の母乳は濃さや栄養が変化するのでルードルフの為にはエミーリア義姉様の母乳で育てて欲しい。


 牛乳だって初乳は濃過ぎるし栄養価が高過ぎてすぐ腐るから市販されてないとか。

 あと、前世の姉が最初の半月くらい母乳飲ませる時に「いたたた、子宮が収縮してる~」って言ってたので子宮の回復にも役立つだろう。


 そんな訳で子守は雇っても乳母は雇わない様にと夜を徹してレポートを作成し、兄夫婦に提出した。

 二時間程しか睡眠時間が取れずに半分寝た状態で翌朝、カール兄様に寮まで送り届けられるという羽目になったが後悔はしてない。


 そのおかげでルードルフはエミーリア義姉様の母乳で最低半年は育てられる事になった。

 半年も母乳で育てれば匂いに敏感な乳児は他の母乳を受け付けなくなる事を兄夫婦は知らない…、言うつもりも無い。

 その日から泊まりはしないが休日はルードルフに会いに行くようになった。


 ちなみに出産祝いは円座と円座の大きいバージョンのルードルフのお昼寝場所だ。

 ドーナツ状の大きいクッションに布を敷いて背中が少し丸く収まる様に寝かすと、赤ちゃんにとって楽な姿勢らしい。


 お腹の中に居た時と似た体勢だとか。

 それに寝かせると良く寝ると評判も上々だった。

 そして円座をアドルフ兄様も使える様に建前としてはエミーリア義姉様が家の中を移動した時に持ち歩かなくていい様に予備をいくつか渡す、と言うことにして、それとなく座りっ放しは痔主さんになりやすいから円座は予防にも役立つ事を匂わせておいた。


 渡して一週間しない内に一つ屋敷から円座が消えたとエミーリア義姉様が笑っていたので、痔主になる恐怖に負けてアドルフ兄様が持ち出したのだろう。

 後日、アドルフ兄様からどこの商品かと問い合わせがあった。

 特注で頼んだものだから市販はされていないが、注文した店を教えておいた。


 どうやら宰相が痔主さんだったらしく、宰相補佐として同じ部屋で仕事していたら色々聞かれたらしい。

 やはり宰相になるくらい仕事してるとなるんだね…と、遠い目をしてしまった。


 それから数日後にその店から商品化するので許可と売り上げの一部を歩合で渡すと申し入れがあった。

 宰相が早速注文したのだろう、そして宰相が使えば痔主&痔主予備軍の方々から注文が殺到する事になるんだろうな…。


 半年もすればヨダレが出てくるだろうからスタイをプレゼントしようかな。

 マジックテープがあればいいけど、当然そんな物は無い。

 引っ掛けた時に首が締まらない様に外れる物がいいんだけどな…。


 そんな事を考えながら夕食に間に合う様に実家から帰寮すると、待ち構えた様に…実際待ち構えていたであろうヨシュア先輩が食堂の入り口に居た。


「おかえりクラウスちゃ~ん! 今日も乳臭くなって帰って来たね~」


 コレがルードルフが産まれてから休日の恒例行事と化している。

 まだ首も座ってない月齢だから時々俺の服に吐いてしまう事がある、その匂いに釣られてヨシュア先輩が絡みに来るのだ。


「ルディは可愛いですからね! 彼に付けられた匂いで乳臭くなるなら本望ですよ」


 これは偽り無き本心だ。

 それなのにヨシュア先輩は苦虫を潰した様な顔をする、解せぬ。


「お前…、カール様に可愛いがられ過ぎたせいだろうけど、愛情のかけ方が普通じゃないって自覚無いだろ…?」


「え?」


 愛情のかけ方が普通じゃない…だと…!?

 

 目を瞑り腕を組んでしばし考えを巡らせる、前世での甥姪への対応は生後一ヶ月からは姉が友人と食事に行ったり買い物に行く時は冷凍しておいた母乳を温めて飲ませたり、お風呂も首が座る前から入れてあげたりしたなぁ。


 それに比べたら今なんて週末しか会ってないし、授乳中はさすがに会えないし、お風呂も子守役が入れてるから本当に可愛がるだけだ。

 パチリと目を開きヨシュア先輩の目を真っ直ぐ見て答えた。


「基準は人それぞれ違うでしょうけど、人と獣人の違いですかね…? 俺としては普通に可愛がってるだけですよ?」


「あ~、まぁ、獣人は基本的に放任主義みたいなとこはあるけどよ、人族でもそんなに乳臭くなる程吐かれたら嫌な顔くらいするだろ?」


「ちょっとゲップのさせ方が甘かったから多めに出ちゃっただけですよ、血を吐いたなら大変ですけど乳吐きくらい問題ありません」


 確かに今日はマーライオンみたいに吐かれたから一瞬焦ったけど、最後にゲップしてたからそれが原因だろう。


「でも清浄魔法掛けてるのによく気付きましたね」


「お前、汚れた部分だけに掛けてるだろ。 他のところに匂いが纏わりついて残り香みたいになってるんだよ。 ちょっと甘くて良い匂いでお前に似合ってる…ぞ…ック!」


 最後まで言い切る前にお腹を押さえて笑い出した。

 この夏で関節の痛みに耐えて140センチ近くになったのに、そんな言い方されるとさすがにカチンと来た。


「そんなに甘くて良い匂いならお裾分けしますよ」


「おいっ、何してんだよ!」


 にっこり笑って清浄魔法を掛けてない方の袖をヨシュア先輩の背中にゴシゴシと擦り付ける。

 残り香があるならきっと移るだろう。


 俺の服を掴み背中から引き剥がそうとするヨシュア先輩と、その手を躱しながら袖を擦り付ける俺。

 食事を終えたアルフレートが近づいて来て俺達を引き剥がした。


「何をやっているんだ、騒がしいぞ。 どうせ食事もまだなんだろう、早く食べろ。 ヨシュア先輩もまだなんでしょう?」


 呆れた眼差しを俺達に向けると、俺の腕を引っ張り食堂へ連行する。

 後輩に嗜められて心なしかヨシュア先輩もシュンとしている。


 食堂の前まで来るとアルフレートが振り返り、俺の頭をポンポンと撫でる様に叩く。

 アルフレートは入団時に140センチだったが、今は150センチを越えている、アルフレートの成長が止まるまで追いつける気がしない。


「お前は平和そうでいいな…」


「アルフレート? 何かあったの?」


 独り言の様に呟き、何も答えずため息を吐きながら一人で部屋へと戻って行った。

 そんな様子に首を傾げる。

 何か平和じゃなくなる様な悩み事でもあるんだろうか、明日にでも聞いてみよう。


 その後、同じ様に首傾げていたヨシュア先輩と二人で大人しく食事をした。

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