第44話 夏の終わり
保養地から戻った後、二度川へ水練に行き、アルフレートとライナーは息継ぎも出来る様になってアルバン訓練官から合格を貰っていた。
むしろアルバン訓練官は一度も泳いでる姿を見せてないので、溺れない程度という話から二人よりも泳ぎが下手なのかもしれない。
学校の夏季休暇も終わり、朝夕が涼しくなる日が増え、秋が近づいて来たと肌で感じる。
両親の命日が近づいて来たという事でもある。
本来ならば十歳の誕生日は節目として盛大に祝う、基本的にパーティーを開いて社交デビューする前に顔を覚えてもらう行事でもある。
ただ、俺の場合は両親の喪に服していた事もあって内輪だけでお祝いした。
そんな訳で代わりに今年パーティーを開く事になり、休日の度に前日の夕方から実家に戻ってダンスとマナーの復習を兼ねた練習やら衣装の採寸やら招待客の名前の確認等で訓練より大変な状態だ。
カール兄様も既にその日は休みを押さえてあると言っていたし、イザーク様も参加してくれるらしい。
イザーク様の参加と聞いてエミーリア義姉様の侍女達が浮き足立っていた。
貴族の集まりなので無駄だとは思いつつ、一応サミュエル先輩やライナーといった普段仲良くしている人達に参加を打診してみたが見事に全員に断られた。
まず衣装の準備ができないしダンスも出来ないからと言われてしまった。
その代わり別の日に食事をしに行こうという話になった。
アルフレートは昔からの付き合いがあるので当然参加する、今は関係も修復されたので素直に参加してもらえて嬉しい。
というか、家族を抜かすと唯一の味方と言うか、仲間と言うか…。
第三騎士団所属だから余程大丈夫だとは思うが、中には青田買いで子供の時から娘の婚約者に、なんて人も出てくるので同じ条件を持つアルフレートが居るのは心強い。
ぶっちゃけ他の人に目を付けられる前に婿殿をゲットしようとする親達が怖い。
早熟な女の子はハンター状態なので怖い。
前世では肉食女子な友人の話を聞いても笑いながら「肉食だね~、頑張って!」なんて無責任な事言ってた『私』に説教したい。
ブリジット姉様の結婚式ではカール兄様を壁にして難を逃れたが、今度は自分が主役なので逃げるわけにはいかないし。
そんな訳で休日の前日に実家へ行き、休日の夜に馬車に乗って寮まで戻る生活をしているが、戻って来る度ぐったりしているのでサミュエル先輩がとても心配してくれている。
そして今日も仮縫いとダンスの練習と「こう言われたらこう返す」という会話レッスンまでやらされた。
「おいおい、大丈夫か? 今日もフラフラじゃないか」
「はい…、これも必要な訓練みたいなものなので…」
正直ダンスや採寸等は大丈夫なのだ、俺がここまでグッタリする理由はエミーリア義姉とブリジット姉様の妊婦コンビの圧というか前のめりのやる気に当てられて、というのが主だ。
これでも一応前世は成人女性だったから理解はできる、少年から青少年へと変わっていくその前に自分達の意見を取り入れた「可愛い~!」って言いたくなる衣装を着せたいって気持ちは。
前世の姉も子供達が小さい時は家の中で、動物なりきり系の服を着せては写真送って来てたなぁ。
むしろ『私』も可愛いなりきり繋ぎ服を見つけたらプレゼントしちゃってたし…。
食事は済ませてきているのでお風呂セットを持って大浴場へ向かった。
門限ギリギリに帰って来ているので結構空いている。
お酒を飲んで帰って来た人は部屋で寛いているし、寮に居た人達は入り終わっている隙間の時間帯だ。
脱衣所を見る限り浴室には先客が一人だけの様だ。
多分あの人だろうな…、最近休日のこの時間帯に俺が入ると分かってるからワザと見計らって入りに来ていると俺は思っている。
ドアを開けると予想通りの人が居た。
「よーぅ、クラウス。 今日も疲れ切った顔してるな!」
「ヨシュア先輩…、そんなに疲れた俺を見るのが楽しいですか…?」
思わずジト目になっても仕方ないだろう、あの勢いよく左右に振られている尻尾を見れば。
俺の中ではヨシュア先輩、クルト先輩、ヨハン先輩の三人は遠慮してたらこちらが保たないと判断している。
蛇口は浴槽をコの字型に囲む様に付いているので、浴槽を挟んでヨシュア先輩の反対側に移動した。
それを見てヨシュア先輩の尻尾の動きが止まり、へしょ…と床に垂れる。
濡れている事も相まって何とも言えない悲壮感を醸し出している為、笑いを堪えて肩が震えてしまう。
頭を洗い終わった時にトプンとヨシュア先輩が浴槽に浸かる音がした。
「す~…、んはぁ…。」
お湯の中で深呼吸して寛いで気持ち良さそうだ。
段々寒くなって来たのでお湯に浸かるのは至福のひと時だもんな。
身体を洗い流して俺もお湯に浸かる。
「ヨシュア先輩、どうして休日の夜はこの時間にお風呂に入っているんですか?」
点呼の時間があるから門限の後に入ると、お風呂であまりのんびり入っていられないので聞いてみた。
疲れた俺を見て笑いたいだけとかだったら何か意趣返しをせねばなるまい。
「そんなのお前が入ってる時だったら良い匂いがするからに決まってるだろ」
何を当たり前の事を聞いているんだ、とばかりに首を傾げる。
「他の奴らが入る時は最初は汗臭かったり男臭いだろ? お前ら年少組はまだ男臭くねぇし、特にお前が使ってるシャンプーとか良い匂いするからな」
「そうだったんですか…、鼻のいい犬の獣人ならではの理由ですね」
訓練のある日の汗臭さだったらわかるけど、休日はそんな事夏でもない限り思わなかったからヨシュア先輩ならではの理由だろう。
「この時間だとお前だけの場合が多いから、たっぷり良い匂いだけ嗅げるって訳だ」
ニッといい笑顔で言うが、という事はさっきの深呼吸も匂いを嗅いでいたって事だろうか…。
「あと、休日の風呂に入る前のお前から女の匂いもするんだよな~。 しかも、匂いだけでも絶対イイ女って分かるくらいの良い匂いの」
イヒヒ、と嬉しそうに笑う。
「それは俺の姉達ですね、二人とも既婚者で妊娠中ですよ」
「そうか…」
あからさまにガッカリしたが、すぐに気を取り直し。
「て事は、お前もうすぐおじさんになるのか~! よっ! クラウスおじさん!」
ワシャワシャと頭を撫でられ、その勢いでお湯に顔を突っ込みそうになって逃げ出した。
「そろそろ出ないと点呼に間に合いませんよ!」
すぐに出てくるヨシュア先輩から逃げる為に腰にタオルを巻かずにドアを開けると同時に、身体を拭く時間が惜しくて水魔法で水分を飛ばして下着とパジャマを着る。
脱いだ服を抱えた時にヨシュア先輩が浴室のドアから出てきた。
「あっ!? 早くねーか!?」
「お先に失礼しまーす!」
驚くヨシュア先輩を尻目にさっさと部屋へと戻った。
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