第41話 フラグは立てません

「出立!」


 翌朝、第一騎士団長の号令で俺達は来た時と同じ順番で整列して出発した。

 ヴォルフは何とか他の料理人と話せる様になったので前を走る馬車に乗っている。


「また長時間馬車に揺られるのか~」


 ライナーが苦虫を潰した様な顔をして港街で手に入れた酔い止めの薬草を噛んでいる。

 船酔いする人の為に売っていたので買ったが苦味があるらしい。


 一度目の休憩でカール兄様が様子を見にきたが、薬草のおかげかライナーも馬車酔いする事もなく順調だった。


 半分程進んだ所で隊列が止まり、馬の嘶きや喧騒が聞こえる、耳を澄ますと犬の声も聞こえたので野犬でも出たのかもしれない。


 しばらくすると第二騎士団の象徴である金糸で刺繍を施された黒いローブを来た若い騎士が意識を失ったまま俺達の馬車に運び込まれた。


 アルバン訓練官が状況の説明をしてくれる。


「第二騎士団のところへ野犬の群れが現れたんだが、それに驚いた馬が竿立ちになって落馬したそうだ。怪我は治癒はしてあるが頭と背中を打ち付けて意識が戻らんから馬車で運ぶ事になったんだ、野犬共は討伐済みだから安心しろ。そんな訳でコイツを寝かせておくから頼んだぞ」


 三人分の席に膝を軽く曲げて寝かせ、アルバン訓練官が馬車から降りて行った。

 俺達は向かいの席に三人並んで座るが、まだ身体が小さいのでスペース的には余裕だ。


 これで揺れるからって膝枕とかしたらフラグ立つやつだよね、でも馬車の座面はそんなにクッション性無いから打ったであろう頭をそのままって訳にもいかないし…。


 考えている内に出発の声が聞こえたので、慌ててマジックバッグから海で使ったバスタオルを取り出して枕代わりにする事にした。

 清浄魔法もかけてあるから清潔だし問題無いだろう。


 鮮やかな青い髪の下にそっと手を入れ持ち上げ、バスタオルを敷く。

 その途端に馬車が動き出して大きく揺れた。


「うわっ」


 バランスを崩して尻餅をついてしまった、頭を持ち上げていたせいで青い髪の騎士が俺の上に被さる様に落ちて来た。


「ぐぇっ」


 恐らく180センチは無いと思うが、それなりに大きい成人男性に潰されてみっともない声が出た。


「おいっ、クラウス大丈夫か!?」


「椅子に戻すのは無理でも、とりあえず身体をズラそう」


 アルフレートとライナーが俺を助けようと腰を浮かせる。

 その時、髪と同じくらい鮮やかな青い瞳が見えた。


「あれ…? 君が居るって事は…ここは馬車の中かな…?」


 少しぼんやりしているが脳にダメージは無さそうだ。

 俺を押し潰している事に気付いたのか身体を起こして椅子に座ると、ヒョイと俺を抱き上げ隣に座らせる。


「あー…、魔術師騎士団のケヴィン16歳だ。 野犬達はどうなった?」


 少し気まずそうに俺達の顔を見てから問う。


「野犬達は討伐済みだそうです、落馬した後に治癒魔法を掛けても目を覚さなかったのでこちらに運び込まれました」


「そうか、馬が驚いて落馬したとこまでは覚えてるが…。 君達と一緒に馬車に乗れたのなら意識を失って幸運だったかな」


 この人…優し気だが、イザーク様と同類な匂いがする。


「君達は結構評判の見習い達だからね、お近付きになりたいって人は多いんだ。 特にクラウス君はカール様と仲良くしてる姿を見せてるからクラウス君になりたいって人とカール様になりたいって人に意見が分かれて面白くなってるよ」


 ニコッと良い笑顔を見せる。

 面白くなってるって言われても…。


 魔術師騎士団は一定の魔力量と操作力がないと入れない魔術や魔法のエキスパート集団で、基本的に学校で魔法科の上位5名しか入れないエリートなんだけど、ノリが軽い…!

 とりあえず話題をスルーして体調を確認する。


「あの、ケヴィンさん? 頭と背中を打ったらしいですが気分は大丈夫ですか? 気持ち悪いとかないですか?」


「気分? 気分は最高だよ、目が覚めたらクラウス君みたいな可愛い子が目の前に居たんだから」


 ニコニコ笑いながら悪戯っぽくウィンクを送ってくる。

 その様子を見てアルフレートが警戒の色を滲ませ、後方の覗き窓からアルバン訓練官にアイコンタクトを送った。


 するとアルバン訓練官が馬で近づいて来た。

 少しドアを開けてアルフレートがケヴィンさんが目を覚ました事を報告する。


「次の休憩場所で様子を見よう、それまでこのまま移動する。 ちゃんと座っておけよ」


 それだけ言うと元の距離を空けて進む、急に止まったりした時にぶつからない為に常に一定の距離を空けているのだ。


 30分程して次の休憩場所に到着した。

 ケヴィンさんは魔術師騎士団長に目を覚ました事を報告してくると言って馬車を降りて行った。

 そんなケヴィンさんの背中を見送るとアルフレートが悪態をつく。


「あいつ…! クラウス、あまり口をきくなよ、あいつは危ない奴の感じがする!」


「クラウス大丈夫だと思うけどね…」


 憤るアルフレートにライナーが呟く、実は俺もそう思ってた。


「途中からケヴィンさんは俺に構うフリしてアルの反応を楽しんでる様に見えるんだけど…。 俺の事撫でたり肩に触る度にアルがピリつくとケヴィンさん嬉しそうに笑ってたし」


 少々言い辛くはあったが言っておいた方がいいと思い伝えておいた。


「何て悪趣味な奴なんだ…っ! 人を怒らせて楽しむなんて性格が悪過ぎるだろう」


 そんなアルフレートの言葉聞いて俺とライナーは顔を見合わせてため息を吐いた。

 同じ事を思っただろう、そうじゃない、と。


 そこに現れたカール兄様にアルフレートはケヴィンさんは俺に近づけてはいけないと力説し、憤慨したカール兄様がケヴィンさんに話をしに行くと言い出したので引き留めた。

 そしてアルフレートを揶揄う為に俺に構ってるだけだと説明し、ライナーもその意見に同意したので様子を見てから場合によっては O HA NA SHI するという事になった。


 結局大事をとって馬車に寮まで乗って行く事になり、アルフレートが俺を庇う形でケヴィンさんの隣に座った。


「あれ? アルフレート君が隣に座ってくれるの? 俺の事気に入ってくれたのかな? 嬉しいな~」


「そんな訳あるか! 馴れ馴れしいぞ」


「アルフレート君って貴族なんだよね? アルフレート様って呼んだ方がいい? ああ、何か良い響きだな、これからはアルフレート様って呼ぼうかな」


 心なしかうっとりとアルフレートを見つめて独り言の様に呟く。


「やめろ! それならばクラウスの事もクラウス様と呼ぶべきだろう!」


 なかば悲鳴の様に叫ぶ、休憩前と打って変わって自分に擦り寄って来たので不気味に感じているのだろう。


「え? じゃあアルフレート君で良いんだね? ありがとう! それにしても綺麗な金髪だねぇ、金の絹糸みたいだ。 それにとても良い香りがする」


 ひとつに纏めて背中に垂らしてあるアルフレートの髪を指で梳り匂いを嗅ぐ。


「やめろ! 勝手に触るな、嗅ぐな!」


 鳥肌を立てて手を払い除ける、そんなアルフレートに対して眉尻を下げて作った様な寂しそうな顔をする。


「哀しいな…、俺はアルフレート君と仲良くしたいんだけどなぁ。 騎士団同士の連携も大切だろう? 普段から仲良くする事って必要だと思うんだよね~」


 全然めげてない…、これはクルト先輩とヨハン先輩コンビと同等かそれ以上の図々しさと図太さを持ってると見た。


 そんな調子で1時間以上やり合っていたので寮に着いた時にはアルフレートはグッタリとしていた。

 話の流れでいつの間にかお互い呼び捨てにする事になっていたし。

 しつこくされて怒ったアルフレートが「勝手にしろ!」と言ってしまったので仕方がない。


 ライナーは話の持って行き方とか、本気で怒らすギリギリを見極めた交渉術が凄いとしきりに感心していた。

 確かに本気でキレる前に引いたり、逆に煽ったりとアルフレートの感情をコントロールしていたのが見て取れた。


「楽しかったよ、是非またお話ししたいね」


 そう言ってウィンクしてケヴィンさんは去って行った。


「完全にクラウスは当て馬って言うか、アルフレートを釣る為の餌だったよね…」


 重い足を引きずる様に第三寮へ向かうアルフレートをみてライナーがポツリと呟いた。

 その言葉に俺は無言で頷いた。

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