第42話 お土産

 野犬が出たせいで帰寮した時には寮に残っていた人達は昼食を終えていた。

 帰ったばかりで我慢出来ない人は荷物を足元に置いて既に食事を始めている。


「とりあえず俺達は荷物を部屋に置いてくる? パウル以外お土産渡さないからすぐに食堂に来れるし」


「そうだね、先に荷物置いて来た方がゆっくりできるもんね」


「わかった…」


 アルフレートのHPがほぼゼロになってる様だ…、返事するだけで精一杯な状態だし。

 普段から貴族らしい態度してるから、あんなに馴れ馴れしい態度でグイグイ来られた事無かっただろうし、未知の体験だっただろう。


 野営交流会の時とは違い、馬車で運ぶ荷物を減らす為にもマジックバッグの使用を推奨されていたので俺とアルフレートは手ぶら状態だった。

 それでも誰よりも疲れているのはアルフレートなんだけど…。


 ライナーは一度部屋に戻って荷物を置きに行き、俺とアルフレートはそのままパウルにお土産の米粉パンを渡しに部屋を訪ねる。

 ドアをノックするとパウルが顔を出す。


「あ、何か騒がしいと思ったら帰ってきたんだね。 おかえり、道中大丈夫だった?」


「ただいま、途中で野犬が出たけど大事にはならなかっ……。 いや、落馬した人が途中から同じ馬車に乗ってアルに絡んでたせいでアルが大丈夫じゃないかな…」


 二人でアルフレートを見やる。

 

「なんか…、アルフレートっていつもシャキッとしてるのに、こんなにぐったりしてる姿初めて見たかも」


「ね? 大丈夫じゃないでしょ? あ、コレ洗浄係のお礼のお土産。 小麦じゃなくて短米って言う米の粉で作られたパンなんだ。 ご家族も食べられる様に多めに買って来たよ」


 アルフレートと二人で代金を折半した米粉パンが十個入った袋を手渡す。


「わぁっ、ありがとう! 米で出来たパンって話には聞いてたから食べてみたかったんだ」


 嬉しそうに受け取るパウルをアルフレートは見てやっと笑みを見せた。

 やっと第三寮に戻って来たと実感できたのだろう。

 そんな遣り取りをしているとライナーが荷物を置いて廊下に出てきた。


「あ、ライナーもおかえり」


「ただいま」


 お互いヒョイと手を挙げて挨拶を交わす。


「じゃあ、俺達は食事してくるよ」


「うん、アルフレートも食事したら少しは回復するでしょ。 早く食べておいで」


 パウルはクスクスと笑いながら手を振って俺達を見送った。

 食堂で食事をしていると、さりげなくクルト先輩とヨハン先輩が同じテーブルについた。


「どうしたんですか?」


 絡みに来る時はいつもなら食事が終わってからなのに珍しいと思って声を掛ける。


「わかってるだろう…?」


 ヨハン先輩が俺をジッと見てくるが、さっぱりわからない。


「わかりませんよ、何の事ですか?」


 二人は「ふ~、やれやれ」と言わんばかりに首を振り、ヨハン先輩がビシッと俺を指差した。


「クラウス、お前は二度もカール様と港街へ繰り出したな? 目撃されてるからわかってるんだ」


 ウンウンとクルト先輩が頷いて続きを話す。


「しかも機嫌良く手を繋いではしゃいでる姿も確認されている…。 それはすなわち美味い物を手に入れたからだろう!」


 ズイッと顔を近づけ断言する。

 そういえば短米の店に向かう時に手を繋いではしゃいでいたと言える…。

 でもどうしてそれで美味しい物を手に入れたって事になるんだろうか、俺ってそんな食いしん坊キャラだっけ?


「確かに…、美味しい物は手に入れましたがそれが何か? 先輩達も向こうで美味しい物を食べたりしたんでしょう?」


 何で子供にたかりに来てるんだと半ば呆れながら冷たい対応をする。

 するとヨハン先輩が腕で目を隠す様にして泣き真似をしつつ。


「何て薄情なやつなんだ、海で水練の指導係の俺を置いてカール様と戯れたり、アルバン訓練官にだけあんな美味いツマミをあげるなんてずるいぞ!」


 到着した日の酒の席で揚げパスタを食べたんだろうか、後半は周りに聞こえる様にワザと声を大きくしたな…。

 責める様に顔を上げてこちらを見る目は当然、涙どころか潤んですらない。


 アルフレートとライナーも半目になって二人を見ている。

 和食の為の食材は今後確保できるとわかるまでは大事に使っていきたいので、余分に買ってある骨煎餅を犠牲にする事にした。


「わかりました、食事が終わったら皆で食べましょう。 でも先輩達も向こうで食べてる物かもしれませんからね?」


「約束だぞ!」


「さすがクラウス!」


 そう言うと勢いよく残りの食事を片付け始めた。

 先に食べ終わった俺は食器を返却口に持って行く前に綺麗な状態の皿を二枚取り、その内の一枚にマジックバッグから取り出した骨煎餅をザラザラと袋から移した。


「アルミン、コレ港街で買った魚の骨煎餅なんだけど、良かったら興味ある人達で食べてみて。 お土産代わりって事で」


 返却口にいた料理人見習いのアルミンに声を掛けて食器と一緒に渡す。


「ありがとうございます!」


 食器とお皿を受け取り、お礼を言ってお皿を持って奥へと引っ込んで行った。


 もう一枚のお皿をテーブルへ持って行き、再び袋から中身を移す。


「魚の骨で作られた煎餅です」


「へぇ、こんなのあったなんて気付かなかったな」


 ヨハン先輩がヒョイと一欠片持ち上げシゲシゲと見、クンクンと匂いを嗅いでからポリポリと食べる。


「!! 美味いな、コレ! でも…っ、酒が飲みたくなる味だ!」


 夕方までに騎士達は馬の手入れをしなければならないので今からお酒を飲む事はできない。

 ちょっとした仕返しになったかなと内心ニヤリと笑う。


「笑ってんじゃねーよ」


 そう言ってクルト先輩がジト目で軽く俺の頬を抓る。

 あれ? どうやら心の中に収まってなかった様だ。


「うわ、やわらけぇ! 気持ち良いな!」


 片手で抓っていたのが両手になり、両手で挟む様にもにもにしたり、摘んで軽く引っ張って頬を伸ばしたりして遊び始めた。


「やめてください!!」


 抵抗虚しくヨハン先輩も参戦する。


「ホントだ! そういや頬っぺたなんて触った事無かったもんな、こんな柔らかい頬っぺたなんて赤ん坊以外でもあるんだな」


 二人に揉みくちゃにされてる俺に対して、馬車で拒否してる相手に構われ倒すという同じ様な思いをしたアルフレートは悟りを開いた様な微笑みを浮かべて見ていた。

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