第40話 港へ行こう
「おい、クラウス、そろそろ起きないと夜眠れなくなるぞ」
目を開けると濡れ髪のカール兄様が覗き込んでいた、どうやらシャワーを浴びて来たらしい。
まだ閉じようとする目を擦りながら身体を起こす。
「ん…、カール兄様、今何時ですか? アルバン訓練官は?」
「今は三時だ、二時間くらい寝てたな。 アルバンは隣の部屋へアル達を起こしに行ったぞ」
まだぼんやりして頭が覚醒しないので何度も瞬きをしていると笑われた。
「はは、まだ眠いのか? しかし…、これくらい狭い部屋だとブリジットの部屋かと思うくらい香りがするな。 アルが使ってる物は爽やかな香りだったが同じ店の物だろう?」
「よくわかりましたね、この前三人でお店に行ったんですよ」
「爽やかとはいえ花の様な香りがしたからな、あの店の名前は確か
「そういえば…そんな名前でしたね」
カール兄様の言葉にコクリと頷く、後でアルバン訓練官に教えてあげよう。
「港街だが、行くか? 今から行ってもあまりゆっくりできないが」
「同期のパウル一人に洗浄係を任せてしまっているので、お土産を買って行く約束をしているんですよ。 アルと俺からお礼って事で一緒に買う予定です」
廊下に出るとアルバン訓練官がアルフレートとライナーに治癒魔法を掛けてやって欲しいと言ってきた。
日焼けの炎症が寝返りや服で擦れて悪化したらしい。
二人の部屋に入ると上半身裸で各自ベッドに座っていた、見るからに痛そうだったので手を触れない様にかざして治癒魔法をかける。
酔っ払いみたいになっている顔もかなりマシになった。
「これで服を着られる、感謝する」
「ほんとありがとう! 服も着れないくらい痛くなるなんて知らなかったよ。 クラウスの言う通り日焼け止め塗れば良かった…、来年からは絶対塗るよ」
二人共安心した様にホッと息を吐いた。
「どういたしまして、じゃあパウルへのお土産買いに行こうか」
年少組が全員行くのでアルバン訓練官も同行する事になり、馬車で移動中に何をお土産にするか相談したが、王都に大抵の物は売っている為店を見てからにする事になった。
港に面した観光客向けのお土産店が立ち並ぶ通りを歩いていると、アルフレートが嬉しそうに声を上げる。
「これはどうだ!? あそこに停泊している船と同じ形でカッコよくないか!?」
確かにスタイリッシュな形の船の模型はカッコイイ、だかしかし俺的にお土産ルールがあるのだ。
落ち着かせる様にアルフレートの肩にポンと手を置く。
「アル、君が買うなら良いと思うけど、コレをお土産にすると言うなら数年後に劣化した時の事を考えてごらん? 自分が買った物なら躊躇いなく捨てられても、お土産で貰った物だとくれた相手に申し訳ないから捨てたくても捨てられない、なーんて悩ませてしまったらどうする?」
しかもパウルが気に入るかわからないし。
俺の言葉に目に見えて意気消沈するアルフレート。
「食べ物なら無くなる物だから気にしなくていいだろ? 便利な道具とかも壊れたら捨てるのは当たり前だからアリだと思うよ」
「なるほど…、確かにそうだな」
コクリと頷き納得し、自分用に模型を買って他の店へ目を向ける。
俺は食べ物で一つ目を奪われている、魚の骨煎餅だ。
見た目が旅行に行った時に下関で買った河豚の骨煎餅そっくりで絶対美味しいヤツだ!
正直買って行きたいが、アレを食べてしまったらお酒が飲みたくなるに決まってる…!
でも普通に子供の頃からおつまみ系がオヤツとして好きだったからアリかな?
ムムム、と凝視しながら悩む俺の姿にカール兄様が笑う。
「気になるなら買って行けば良いじゃないか。 店主、試食はあるか?」
「はい、こちらをどうぞ~」
四十歳くらいの店のおじさんが小さめの木箱の蓋を外して試食用を準備してくれる。
カール兄様が二つ欠けらを取り出して一つ俺に渡してくれた。
「ほら、試しに食べてみろ」
「ありがとうございます」
ポリポリポリ…ほらね、美味しい。
カルシウムも摂れるし歯応えもあるからサミュエル先輩と一緒に食べるオヤツとして買って行こう。
パウルへの良いお土産が見つからなかった時の保険としてもちょっと余分に買っていこう。
「お、これは美味いな。 酒に合いそうだ」
ですよね~、ウンウンと頷きながら大きいサイズを五袋を買ってマジックバッグに入れた。
カール兄様も中サイズを一袋買っていた、俺とほぼ同じデザインのマジックバッグを持っているのでそれに放り込む。
「ありがとうございました~!」
ご機嫌な店主の声を背に皆を探すと、アルバン訓練官達は二つ向こうの店の前で焼き菓子を買ってその場で食べていた。
オヤツには遅いが夕食には早い時間なので軽く食べるにはいいかもしれない。
俺達も合流して二枚入りの分厚いクッキーをカール兄様と分けて食べた。
口の中の水分が持っていかれたので水筒を出そうとしたら、折角港街にいるんだから珍しい果実水を飲んでみようと言う事になり、飲食店が並ぶエリアに向かった。
まだお土産決まってないのに楽しんでていいのだろうかと思いつつも、海辺でしか採取されず、馬車で運ぶと振動で傷んでしまうという地域限定の梨の様な味のジュースを味わう。
「プハーッ、美味しい~! 生き返るようだねぇ」
暑くて汗をかいた上に、クッキーで口の中がパサパサだったので正に生き返る思いだ。
この果実は絞ったら一時間程で味が変わってしまうと言っていたので酸化してしまうのかもしれない、海辺限定感満載だ。
ちなみに圧搾機みたいな冷却も同時にできる魔導具を使っているので魔力持ちしかできない商売らしい。
「ハハッ、酒場に居るエール飲んだオッサンみたいな事言うなよ」
アルバン訓練官が笑うと他の皆もつられて笑う。
抗議の意を込めてアルバン訓練官を半目で見ると、口笛吹きながら目を逸らされた。
こっちの世界でもそんなベタなリアクションがあるんだ…。
夕食に間に合わせる為にもそろそろ馬車乗り場へ向かわなければならない時間が迫っていたが、まだお土産が決まっていない。
とりあえず馬車乗り場までの道で見つけようかと歩き出した時、フワリとパンを焼く様な香りがした。
「そう言えばパウルの実家ってパン屋だったよね?」
同期の二人を振り返って確認する。
「うん、パン屋の次男だよ」
ライナーが答えて頷いた。
「この香り…、多分だけど普通のパンじゃないと思う、パウルのお土産にどうかな? パンなら一日くらいは保つし」
この香りはきっと米粉パンだ。
使ってる米は甘味のある短米だろうから、もしもパウルの実家で米粉パンを作る様になったら短米が手に入れ易くなるかもしれないし!
俺がそんな事を考えてる事も知らずに二人は素直に同意してくれた。
「そうだね、王都に無いパンなら新商品として売り出せるだろうし」
「食べ物だし、パウルの実家に役立つなら更に良いな」
香りの元のパン屋で聞くと、やはり短米を使った米粉パンだった。
米で出来てるから小麦のパンより腹持ちも良いと船乗り達にも好評らしい。
パウルの家族にも食べて貰える様にそこにあった十五個の焼き立てロールパンを買い占めて来た。
半分は自分の分だけど。
米粉パンって焼き直しした時とかカリカリ具合が小麦パンとちょっと違って好きなんだよね。
「ギリギリになったけど、良いものが見つかって良かった」
年少組は三人共満足気に頷き、皆で保養所へ馬車で戻り夕食を食べる。
焼き菓子を誘惑に負けて余分に食べてしまったアルフレートとライナーは苦しそうにしながらも何とか完食し、シャワーへと向かった。
俺は一人で大浴場へ向かうと貸し切り状態だった。
暑さのせいか、日焼けのせいかわからないが、滅多にない一人風呂なのでとりあえず浴槽で泳いでおく。
例によって酔っ払った騎士達に絡まれない様に早目に部屋で籠る為、シャワーを済ませた二人が大浴場へ声を掛けに来てくれた時には泳いだ事がバレたかとドキッとしたのは秘密だ。
階段を降りて行くとカール兄様が待っていて、明日寮に戻ったら朝と夜の挨拶が出来なくなるとブチブチ言うのを宥めて部屋へ戻り、明日の為にお酒を飲んでいないアルバン訓練官と眠気に襲われるまで話をした。
その時ブルームの店名と場所を教えると不思議そうにしたので昨夜の匂いを嗅いだ件を言うと覚えておらず、真っ赤になって顔を両手で隠して丸まりプルプルと悶えていた。
とりあえずブリジット姉様と俺の名前を出せば同じ物を出してくれると教えておいた。
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