第39話 生還
「アルフレート! 流れから抜ける様に横に移動するんだ!」
アルフレートが離岸流に乗って流されて行くのをデニス先輩が追いかける、ゲオルク先輩はライナーが流されない安全なエリアから出ない様に確保している。
どうやら泳いでいる間に移動してしまったらしい、アームフロートのお陰で溺れる事はなかったので気を抜いてしまったのだろう。
代わりに浮力が大きい分流されやすくなったのかもしれない、俺達が騒ぎ出した事に気付いて初めて陸側を見たのだろうか、目に見えてアルフレートが慌て出した。
俺達の声が波の音のせいか、それともパニックで聞こえてないのか無駄に腕を動かしている様に見える。
自力で戻れないと判断したらしく、デニス先輩が魔力で水流を操りアルフレートを離岸流から脱出させた様だ、水面が仄かに光っている。
それに気付いてないのか、腕をバタつかせながらアルフレートがこちらへ魔法の光の軌跡を描きながら戻って来た。
「おかえり」
途中から気が付いたのか、大人しくなったアルフレートにデニス先輩が優しく声を掛けると、慌てた自分が恥ずかしかったのか顔を赤くしてお礼を言う。
「ありがとうございます…」
話を聞くと慌てた理由は、アームフロートのお陰で寝そべる様な体勢のまま浮かんでいたが、声が聞こえたので身体を起こした途端に足はつかないし、足元の水温だけが凄く低くて怖くなったらしい。
温度躍層というやつだろう、確かにあれは「ここから先は行っちゃだめだ」と思わせられる。
こちらへ戻ってくる途中から足元も胸元と同じくらいの水温になったから落ち着けたと言っていたので、深いエリアから抜け出た時だろう。
川だと元から全部冷たいが、海だと深さによって水温が違うので恐怖に襲われたのかもしれない。
アルフレートが足のつく浅瀬に戻って来たので安心して力を抜くと、それまでカール兄様の頭を抱きしめていた事に気付いた。
「あ…っ、カール兄様ごめんなさい。 痛くなかった?」
「大丈夫だよ、そんなにヤワじゃないからな。クラウスは友達思いだな」
肩車したまま俺の顔を見上げて微笑む。
そんな褒められ方をしたので照れ臭かったので、話を逸らす様にアルフレートに声を掛けた。
「浮き輪を着けてなかったら溺れてたかもしれないね、今日の為に急いで作ってくれたマリウスさんに感謝しないといけないね」
「そうだね、流された件はアルフレートの名誉に関わるから伏せておくにしても、水辺で遊ぶ時に使える事はちゃんと報告するよ。 それが一番の礼になるよ」
ふふふ、とライナーは含み笑いをしながら揶揄う様な目を向ける。
「ああ、いい物を作ってくれて感謝すると伝えてくれ」
揶揄う視線から目を逸らし、少し不貞腐れた様に答える。
アームフロートの名前は輪になっている事もあってそのまま「浮き輪」になった。
「次からは流れから横に逃れるようにね、一度慌てるだけじゃダメだって体験したから次は対応できるでしょ」
デニス先輩がクシャクシャとアルフレートの頭を撫でて優しく笑う。
「はい…、自分では冷静に対処出来ると思っていましたが、いざとなると何も考えられなくなってしまいました…。 次は無いようにしますがその時は無様な姿を晒さないようにします…」
ツンデレではあるけど根は素直な性格だから不貞腐れるのではなくちゃんと反省できるところはアルフレートの美点だな。
ふと気がつくと、周りの他の騎士達が何事かとこちらに注目していた。
このままではアルフレートが流された事とか話題になってしまうと思い、脚でカール兄様をホールドして反動をつけて思い切り後ろに仰け反った。
「クラ、うわっ」
ホールドされた瞬間俺の名前を呼ぼうとしたが、俺と一緒にドボンと後ろに倒れ込んだ。
もちろん俺は抜かり無く自分の鼻を摘んでおいたが、カール兄様は完全に油断していたので鼻に水が入ったらしく鼻を押さえて唸っている。
「ふふふ、油断大敵ですよカール兄様!」
一度沈んで浮かび上がるとそのままバタ足で後方へ海老の様に逃げる。
「ク~ラ~ウ~ス~!」
笑いを堪えて怒ったフリしたカール兄様が追いかけてきて兄弟でキャッキャとはしゃいでいれば周りはヘルトリング兄弟が戯れているから注目していると思うだろう考えたのだが、カール兄様は素ではしゃいでいる。
俺は小さい身体を利用して潜水と息継ぎを繰り返し、人の隙間を通り抜けカール兄様を撒いた。
ちょっとアルバン訓練官達から離れ過ぎたかなと思い、潜水をやめて浮上する。
浮上した途端に誰かに抱き上げられ、思わず声を上げる。
「うわぁっ!」
焦って俺を捕まえた人を見るとカール兄様だった。
俺が人の隙間を縫って進んで行くので、陸に上がって先回りしていたらしい。
透明度の高い水の中では紅い俺の髪はとても目立つから追いかけるのは容易だった様だ。
捕まった場所が第一騎士団の人達が固まっていたエリアだったせいで、結果から言うと揉みくちゃにされた。
俺がカール兄様に肩車されたり、手を繋いで歩いたり、抱き上げられたり、頬擦りされたりしている事を知っている人達なので「こっちにおいで」と俺を抱き上げようとする人が寄って来たのだ。
公爵家や侯爵家の人達は幸い居なかったが、伯爵家でカール兄様の先輩達が必死になるカール兄様を揶揄う様にちょっと強引に俺に手を伸ばしたりするので、カール兄様が奪われまいと俺を強く抱きしめて守ろうとする。
「はははは、カールがこんなに必死になるなんて正騎士になって初めてなんじゃないか?」
「いつも澄ました顔してるから焦るお前なんて新鮮だな」
「弟を溺愛してるのは噂じゃなかったのか、こんなに可愛かったら気持ちはわかるな」
初対面の見た目もガタイもいい人達に囲まれてカール兄様にしがみついて耳元で囁く。
「カール兄様、休憩すると言って海から出ましょう」
「先輩方、結構長く海に入っているので上がって休憩してきます」
俺の言葉に頷いてすぐに俺を抱き上げたまま海から上がると、そんな俺達の姿を離れた所からヨハン先輩達が笑って見ていた。
俺達のついでに年少組全員が休憩する事になって浮き輪を外して水分補給をし、俺は更にブリジット姉様から頼まれたと言うカール兄様に日焼け止めを塗り直されてから全員浮き輪無しで海に再び入った。
午後はきっと眠くなると思い、二人もある程度泳げる様になった事もあり昼前に保養所に戻る事にした。
日焼け止めを勧めたが大丈夫と言い張った二人の上半身は真っ赤になっていたので、大浴場へ向かう二人を止めて温いシャワーを勧めた。
昼食時にはアルフレートもライナーも温いシャワーでも凄くヒリヒリしたから大浴場の湯に浸かったら大変な事になってたとお礼を言われ、同じ水なのに川と全然違うという話題で盛り上がった。
訓練で少しずつ日焼けしてたから川だとそんなにダメージがなかったけど、海水浴だと半日でも一気に日焼けした事に驚いていた。
前世で日焼け止め塗らずに海水浴に行ったら夜には水膨れできてた事もあったくらいだからね…。
失敗を経験という人生の肥やしに変えられた事に一瞬遠い目をしてしまった。
そんな成熟した精神(自称)の持ち主である俺も身体はまだ子供なので昼食を食べたら睡魔に襲われた為、年少組はお昼寝タイムという事になった。
「俺はもうひと泳ぎしてくる、戻って来た時起きてたら、また街に散策に行こう」
カール兄様はそう言ってまた海に向かい、指導係の三人も海へ行った。
アルバン訓練官はお目付役だから保養所で年少組の水練進捗の報告書を書くと言って一階にある会議室へと向かった。
静かな一人部屋状態でベッドに転がると遠くに聞こえる潮騒と騎士達の笑い声が子守唄になってすぐに眠りに落ちた。
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