第38話 海での注意事項

 朝、いつもの時間に目が覚めた。

 顔を洗って身支度を整えたらもうすぐ朝食の時間だ。


「アルバン訓練官朝ですよ、起きて下さい」


 昨夜は何時かわからないけど夜中に部屋に戻って来たはずだ、二日酔いになってないか心配になりつつ優しく肩を揺すって起こす。


「ん…んぁ? ああ、保養地だったか。 おはようクラウス」


「おはようございます」


 目を擦りながら上半身を起こして何とも言えない顔で俺の顔をジッと見る。


「どうしたんですか?」


「いや…、クラウスの起こし方は優しくていいなと思ってな…。 ウチの子達は激しいというか乱暴というか…」


 ボソボソと褒めているのか愚痴を言いたいのかわからない事をいいながらゴソゴソと着替え始めた。


「そういや、昨日はカール様と活躍したみたいだな」


 着替え終わって顎を撫でながらニヤニヤと話す。


「昨日ですか? 兄は街で暴漢を捕まえましたが、俺は特に活躍なんてしてませんよ? それより朝食を食べに行きましょう」


 治癒魔法掛けはしたけど完治もできなかったし、何の事だろうと首を傾げながら部屋を出る。


「おはよう、クラウス」


 廊下に出ると丁度カール兄様が階段を降りて来た。

 後から出てきたアルバン訓練官とも挨拶を交わし、アルフレート達にも声を掛けて五人で朝食の席に着いた。

 そして食事中にアルバン訓練官が口を開いた。


「カール様、昨日は暴漢を捕らえたそうですね。 クラウスも助けた子の店で評判だったらしいじゃないですか」


 危うく口に含んだスープを吹き出すところだった、無理やり飲み込むと咽せて咳が止まらない。


「大丈夫か? 確かに俺もクラウスが手伝った店と思われる話を昨夜聞いた」


 隣に座っていたカール兄様が俺の背中を摩りながら頷いた。


「ゲホッケホッ…! あ、ありがとうございます、カール兄様。 話ってどんな話を聞いたんですか?」


 咳が治まったので滲んだ涙を指先で拭いながら聞いた。


「昼過ぎに大通りの食堂で紅い髪の凄く可愛い子が貴族を相手にするみたいに丁寧に接客してくれてたと噂になって、夕食を食べに行ったがもう居なくて会えなかった、という事を何人かから聞いた。 その噂はクラウスの事だろう」


「そうそう、女の子をカール様が助けて食堂まで抱き上げて連れて行くところを見た奴も居たから、髪の色からして絶対クラウスだろうな、という話が昨日の酒の席で話題になってたんですよ」


 それが言いたかったとばかりにカール兄様に続いてアルバン訓練官が話す。

 四人が俺をジッと見てくる、リアクションを見たいのか?


「そんな事より、早く食事を済ませて海へ行く準備をしましょう」


 視線から逃れる様にそっと目を逸らして食事を続ける。

 アルバン訓練官だけは「つまらないな」と言わんばかりの表情をしていたけど、他の三人は素直に頷き食事を再開した。

 食器を返却口に戻して各自準備の為に部屋に一旦戻り、保養所の前で集まる。


 中には浜辺が目の前という事もあり、既に水着姿で待っている猛者も居た。

 まるで己の肉体美を誇示しているのかと思う程筋肉の形がハッキリわかるムキムキのゴリマッチョさん達。

 海が好きなのか肉体美を披露したいのか判断が難しい。


 こちらに来る二日前にマリウスさんからライナーにある物が届けられていた。

 完成版と言っていい試作品のアームフロートだ。

 前世と違って素材的に後から空気を入れたり抜いたりする為の栓が作れないので、防水紙に空気を入れた状態でしっかり糊付けして更に防水強化したらしい。


 ちょっとゴワゴワするけどいい感じに出来てると思う、マジックバックを持ってる俺が預かる事にして持って来たのだ。


 ちなみに俺はブリジット姉様から「日焼け厳禁」の指令が日焼け止めと共に手紙で届いた。

 日焼け止めも塗ってはいるが、一応身体が濡れてても脱ぎ着しやすい様に大きめのフード付きパーカーと水着の上からゆったりしたズボンを履いている。

 

 本当はパーカーと水着だけにしようと思ったのだが、それだとまるで彼シャツ状態になってしまうので恥ずかしくてズボンを履いている。 

 こんな事なら動きやすさ重視の短いやつじゃなくてハーフパンツタイプの水着にすれば良かった…!

 

 一応水練の名目もあるので全員揃ってから各自ストレッチをして海へ向かう。

 パッと見ただけで大体どの騎士団に所属しているのかわかってしまう。

 見目麗しい第一、ヒョロい魔法特化が多い第二、見た目色々ごった煮状態の第三。

 一応第二も騎士だけあって鍛えているが、第一と第三に比べると身体の厚みが違う。


「はい、二人は慣れるまで一応コレ腕に着けてね」


 アルフレートとライナーにアームフロートを装着させる。


「二人共、海を見て。部分的に水辺だけじゃなく沖の方向かって白い波が立ってるのがわかる? あそこには行かない方がいいよ」


「あ、本当だ。 白い波が続いてる所と波打ち際だけしか白くなってないところがあるね」


「何が違うんだ?」


 浜辺に離岸流が見えたので二人に注意を促すと、不思議そうに首を傾げる。


「波が陸にぶつかって沖の方へ戻る時に早い流れで戻ってるところが白い波が立ってるとこだから流されちゃうからね、泳いでも泳いでも水流が早くて戻れなくて体力だけ奪われちゃうから」


「そんなの危険なんじゃ…」


「騎士達はその事を知ってるのか?」


 中には離岸流エリアから海に入って行く者の姿も見えるので、二人は心配そうに言う。


「理屈は知らなかったが、沖から陸へ向かう時は直線でなく斜めに戻って来る様に言われてるぞ、というかクラウスはそんな事をよく知ってたな」


 俺達のお目付役であるアルバン訓練官が後ろから教えてくれた。


「本だけはたくさん読みましたから…」


 前世が海育ちですから、なんて言えないのでいつもの様に誤魔化す。


「まぁ、そういう訳でもしも沖に流されたら波が立ってない場所から戻って来てね」


 アルバン訓練官の話によるとこの浜辺は遠浅ではなくすぐに泳ぎやすい深さになって、更に進むといきなり凄く深くなってるらしい。

 遠浅だと泳ぎやすい深さにたどり着くまで歩かなければならないからむしろ良かった。


 俺達の身長で丁度いい深さだったら凄く深くなる境目まで距離もあるだろうし。

 そう考えたら身長の高い人達は気を付けなければ危険だろう。

 筋肉ばかりで脂肪の少ない人なんて海でもあまり浮かないだろうし。


「さー、入ろうか!」


 ヨハン先輩の声に振り向くと泳ぎの指導係の三人が水着姿で立っていた。


「「「はい、よろしくお願いします」」」


 俺達は羽織って居た物を纏めて置き、海に入る。


「うわ、しょっぱい!」


「ぅあっ! 目が! 目が痛い!」


 海水に面白いくらいリアクションしながら入って行く二人の姿に笑いが零れた。


「なーんだ、クラウスは平気そうだな。 つまんねーの~」


 スイスイと泳ぎながら二人を見て笑う俺にヨハン先輩が不服そうに文句を言う。


「知識だけはありましたからね、ご期待に添えず申し訳ありません」


 にっこり笑って言ってやると、下唇を突き出し不服をアピールしてきた。

 それを見て立ち泳ぎしながらふふっと笑っていると、いきなり誰かが俺の足を掴んだ。


「えっ!?」


 その事に驚いて一瞬焦ったが、次の瞬間には下から現れたカール兄様に肩車されていた。


「はははは、驚いたか?」


 俺を肩車したまま片手で顔についた海水を拭う。

 その隣でヨハン先輩が固まっていた。


 海の中ゴーグル無しに目を開けて潜水してきた事に驚いた、目に異常がなければちょっとしみる程度で済むからできなくはないけど、水中で足掴むのはやめてくれ!


「驚きましたよ! カール兄様のバカバカバカ!」


 驚かされたお返しにカール兄様の顔前の水面を手で叩いてバシャバシャと顔に海水を掛ける。


「ぅぶっ、クラウスッ…ぶは…っ、すまん、ぁぶッ、悪かった!」


 謝ったので許してあげて、カール兄様の顔に掛かった海水を手で拭ってあげた。


「ははっ、カール様も弟にかかると形なしですね」


 アームフロートを着けたアルフレートが笑ってプカプカ浮きながら通り過ぎて行った。

 アルフレートとアームフロートって何だか名前が似てるな、などと心の中で笑ってしまった。


「ん…? 今アルが通り過ぎて…、ってアル!? 早く横に移動しろ!」


 くだらない事で笑ってる場合じゃなかった、アルフレートが離岸流に流されて目の前を通り過ぎて行ったのだった。

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